Mercedes-Benzは2025年2月、米国Factorial Energyの全固体電池技術を搭載したEQSプロトタイプの公道テストを開始した。同社はこれを「グローバル自動車メーカーによる世界初の全固体電池車」と位置づけ、従来のリチウムイオン電池と同じサイズ・重量で25%長い航続距離となる1,000km(620マイル)を実現したと発表している。
次世代EVのゲームチェンジャー「全固体電池」の搭載と独自の設計
今回の全固体電池テストプロジェクトは、Mercedes-Benzが2021年から米国のバッテリー技術企業Factorial Energyと共同で進めてきた開発の成果である。Factorial Energyは、独自のFEST®(Factorial Electrolyte System Technology)固体電解質技術とSolstice™プラットフォームを有しており、高容量の正極および負極材料で安全かつ信頼性の高いセル性能を可能にするとされている。今回、この固体プラットフォームを採用したリチウム金属固体電池セルをMercedes-Benzに納入。これは、グローバルOEMへの最初のリチウム金属固体電池Bサンプルの出荷となった。
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特筆すべきは、Mercedes-BenzのF1技術部門であるMercedes AMG High Performance Powertrains(HPP)の技術が活用されている点だ。HPPはイギリスのブリックスワースに拠点を置き、F1で培った先進技術を乗用車開発に転用する役割を担っている。
テスト車両は「わずかに改良された」EQSをベースとしており、2024年末にシュトゥットガルトでの実験室テストを経て、公道テストが開始された。
全固体電池の最大の特徴は、従来のリチウムイオン電池で使用される液体電解質ではなく、固体電解質を採用している点である。この技術変革により、リチウムメタルアノード(電池の負極)の使用が可能となり、エネルギー密度の大幅な向上、ひいてはEVの航続距離を飛躍的に伸ばす技術として期待されている。Mercedes-Benzによれば、セルレベルで最大450Wh/kgの重量エネルギー密度(単位質量あたりのエネルギー蓄積量)に達する可能性があるという。
また、Mercedes-BenzとHPPは充放電時のバッテリー材料の膨張収縮に対応するため、特許取得済みの「フローティングセルキャリア」システムを開発した。このシステムは空気圧アクチュエータを備え、材料の体積変化に連動することで、バッテリーの性能と寿命に影響を与える問題を解決している。
性能向上とエネルギー効率
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公道テストに投入されたのは、Mercedes-BenzのフラッグシップEVセダン「EQS」をベースとしたプロトタイプ車両だ。このプロトタイプには、以下の特徴がある。
- 航続距離1000km(620マイル): WLTP(国際調和排出ガス・燃費試験法)サイクルで1000km(620マイル)を超える航続距離を実現。現行のEQS 450+と比較して25%以上の航続距離向上。EPA(米国環境保護庁)基準でも527マイル(約848km)と推定され、Lucid Airに匹敵する航続距離性能。
- エネルギー密度: 従来の液体電解質リチウムイオン電池と同サイズ、同重量で25%増のエネルギー密度を実現。将来的には40%向上も視野。セルレベルでのエネルギー密度は最大450Wh/kgに達する可能性。
- リチウム金属負極: 負極材料に従来のグラファイトに代えてリチウム金属を採用。より多くのエネルギーを同じスペースに蓄えることが可能。
- 浮動セルキャリア: Mercedes-Benzが特許を取得した革新的な「フローティングセルキャリア」を採用。全固体電池の充放電に伴う材料の膨張と収縮を、F1技術を応用した空圧アクチュエータで制御し、バッテリーの性能と寿命を向上。
- パッシブ冷却: バッテリー冷却にパッシブ冷却システムを採用し、さらなる軽量化とエネルギー効率向上を追求。
公道テストの目的と今後の展望
全固体電池は長年、電気自動車(EV)のための究極の目標とされてきた技術である。従来のリチウムイオン電池と比較して、高いエネルギー密度、優れた安全性、そして理論上はより長いサイクル寿命を提供する可能性を秘めている。しかし、これまでは主に研究室レベルの開発に留まり、実用化への道のりは遠いと考えられてきた。
Factorial EnergyのCEOであるSiyu Huang氏は、「リチウム金属固体電池を生産車両プラットフォームに初めて統合することに成功したことは、電気モビリティにおける歴史的な成果です」と述べている。
業界内では、トヨタや日産、BMWなど多くの自動車メーカーが全固体電池の開発に取り組んでいるが、Mercedes-Benzはグローバルメーカーとして初めて実車への搭載と公道テストを実現した。一方、中国ではNioのET7やIM L6など、すでにセミ固体電池(ゲル状電解質を使用したハイブリッド方式)を搭載したEVが登場しているが、真の全固体電池とは異なる技術とされている。
全固体電池の最大の技術的課題の一つは、リチウムメタル化学における「デンドライト」の形成である。デンドライトとは、バッテリーをショートさせる可能性のある小さな金属突起であり、全固体電池開発の主要な障壁となってきた。Mercedes-BenzとFactorialがこの設計を進めるということは、この問題に対する何らかの進展があったことを示唆している。
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Mercedes-Benzは今後数ヶ月にわたり、全固体電池とその電気自動車での総合性能を広範な実験室テストと公道テストで継続的に評価する計画である。量産版の市場投入時期については明確な情報はないが、業界専門家は2020年代末までには最初の量産車が登場すると予測している。
さらに、Mercedes-Benzは、次世代の全固体電池では、さらにエネルギー密度を40%向上させることを目指している。これにより、さらなる航続距離の延長が期待される。
Mercedes-Benzの取締役会メンバーであり、開発・調達担当の最高技術責任者であるMarkus Schäfer氏は、「自動車規模の固体電池の開発は、当社のイノベーションと持続可能性へのコミットメントを強調するものです。この先進技術を搭載したプロトタイプ車両の公道テストを開始したことを発表できることを嬉しく思います」とコメントしている。
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