2024年第3四半期のPC市場において、次世代コンピューティングの象徴とされるAI PCの採用は限定的な状況が続いていることが明らかになった。Qualcommの旗艦プラットフォームSnapdragon X搭載機の出荷台数はわずか72万台で、全体の0.8%未満という低調な出足となっている。
出荷実績と市場動向
AI対応PCの市場展開は、期待と現実の狭間で複雑な様相を見せている。2024年第3四半期における全体の出荷台数は1,330万台を記録し、PC市場全体の20%を占めるまでに成長した。この数字は前四半期比で49%の成長を示しており、市場の潜在的な可能性を示唆している。内訳を見ると、AMDのXDNA、IntelのAI Boost、QualcommのHexagonなど、AI処理に特化したチップセットを搭載したデスクトップとノートブックが含まれており、特にWindows搭載機が初めてAI対応PC市場の53%を占めてセグメントをリードする結果となった。
しかし、高性能AI機能を前面に打ち出したSnapdragon X搭載機の実績は、市場の期待を下回る結果となっている。第3四半期の出荷台数は72万台に留まり、これは全PC出荷台数のわずか0.8%、言い換えると125台に1台にも満たない普及率だ。第2四半期から180%の成長を記録したものの、Windows市場全体での占有率は1.5%未満に留まっている。MicrosoftのSurfaceシリーズが主力製品として展開され、DellやHP、Lenovo、Acer、ASUSも同程度の出荷量で追随しているが、市場への浸透は依然として限定的な状況が続いている。
さらに注目すべき動向として、MicrosoftのCopilot+対応PCの苦戦が挙げられる。40TOPS以上のNPU性能などの高度な仕様要件を必要とするこれらの製品は、第3四半期の出荷台数の10%未満に留まっている。市場調査会社Canalysが2024年11月に実施したチャネルパートナー調査では、31%が2025年にCopilot+ PC販売の予定がないと回答し、34%が販売比率を10%未満と予測するなど、プレミアム製品に対する市場の慎重な姿勢が顕著となっている。
この状況に対し、各メーカーは独自の差別化戦略を展開している。HPは独立系ソフトウェアベンダー(ISV)との協業を通じたオンデバイスAIエクスペリエンスの強化を推進し、Lenovoは独自のAIツールであるCreator ZoneやLenovo AI Nowを組み込んだ製品展開を行っている。DellとLenovoは、より広範なAIサービスエコシステムの一部としてオンデバイスAIを位置付ける戦略を取っており、各社が独自の付加価値創出を模索している状況である。
2025年の市場予測
こうした中、2025年のノートPC市場は、複数の重要な要因が重なり合って成長が見込まれている。TrendForceの分析によると、世界全体の出荷台数は前年比4.9%増の1億8,300万台に達する見通しだ。この成長予測の背景には、米国の政治的不確実性の低下と、2024年9月に実施された米連邦準備制度理事会(FOMC)の利下げによる資本流動性の改善がある。
特に注目すべきは法人向け市場の動向だ。2024年は世界的な人員削減や政治経済の不安定性により慎重な投資姿勢が続いたが、2025年は7%を超える成長が予測されている。この成長を牽引する最大の要因は、Windows 10のサポート終了に伴う更新需要だ。企業はセキュリティとアップデートの継続性を確保するため、大規模な端末の刷新を迫られることになる。
一方、個人向け市場は異なる様相を見せている。2024年は販促活動に牽引された低価格モデルが市場を支配したが、2025年は成長率が3%程度に減速する見通しだ。しかし、この成長率の低下は必ずしもネガティブな要因ではない。各メーカーは製品構成を高付加価値・高利益率モデルへとシフトさせる戦略を取っており、特にNVIDIAのRTX 5000シリーズGPUを搭載した高性能モデルの投入が2025年初頭から予定されている。
教育市場では、Chromebookが8%の成長を見込んでいる。この成長を支える主要因は日本のGIGAスクール構想2.0で、一人一台の学習用端末整備を目指す政策が需要を喚起する。しかし、この市場予測には不確実性も存在する。特に米国の政権交代に伴う貿易政策の変更リスクが指摘されている。現在、世界のノートPC生産の約89%を中国が占めており、米国による関税政策の強化は市場に大きな影響を与える可能性がある。
Xenospectrum’s Take
現時点でのAI PC、特にSnapdragon X搭載機の低調な出荷実績は、市場の成熟度というよりも、価格設定と実用的なユースケースの不足を反映していると見るべきだろう。AppleのM3 MacBook Airが16GB統合RAM、256GBストレージモデルで1,048ドル(164,800円)という価格設定である中、プレミアム価格帯に位置するAI PCは、その付加価値の説得力で苦戦している。Qualcommが予告する700ドル価格帯への参入は、市場開拓の重要な転換点となる可能性がある。しかし、2025年後半にはNVIDIAとMediaTekの参入も予定されており、AI PC市場の本格的な競争はこれからが本番という様相を呈している。皮肉なことに、現時点でのAI PCの最大の販売動機は、その革新的機能ではなく、Windows 10のサポート終了という後ろ向きな要因かもしれない。
Sources
- TechRador Pro: Only about 720,000 Qualcomm Snapdragon X laptops sold since launch — under 0.8% of the total number of PCs shipped in Q3, or less than 1 out of every 125 devices
- TrendForce: Global Notebook Shipments Expected to Grow by 4.9% in 2025, Business Demand Emerges as a Key Driver, Says TrendForce
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