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xMEMS、AIデータセンター向け超小型冷却「µCooling」投入:光トランシーバーの熱問題を解決か

Y Kobayashi

2025年4月30日

xMEMS Labsは、革新的なMEMS技術を用いた超小型冷却ファン「µCooling」を、AIデータセンターで不可欠な高速光トランシーバー向けに拡張すると発表した。 この「ファンオンチップ」技術は、従来の冷却システムでは手が届かなかったモジュール内部の特定部品をピンポイントで冷却し、次世代AIインフラの性能向上と信頼性確保に貢献することが期待される。

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AIデータセンターを襲う「熱」という新たなボトルネック

人工知能 (AI) の進化はとどまるところを知らず、その学習や推論を支えるデータセンターには、かつてないほどの処理能力が求められている。 これに伴い、サーバー間のデータ通信量は爆発的に増加しており、その通信を担う光トランシーバーの役割はますます重要になっている。

現在、データセンターでは400Gbps、800Gbps、さらには1.6Tbpsといった超高速な光トランシーバーへの移行が進んでいる。 しかし、この高速化・高密度化は、深刻な「熱問題」を引き起こしている。特に、光信号と電気信号を変換するDSP (Digital Signal Processor、デジタルシグナルプロセッサー) は、消費電力(TDP: Thermal Design Power、熱設計電力)が18W以上に達するものもあり、トランシーバー内部で局所的なホットスポットとなりやすい。

データセンター全体を冷却する大規模な空調システムや、CPUやGPUといった大型部品向けの液冷システムは存在するが、光トランシーバーのような小型で密閉されたモジュール内部の、さらに特定の部品だけを効率的に冷やすことは困難であった。 この局所的な発熱が、トランシーバーの性能低下や信頼性の悪化、ひいてはデータセンター全体の安定運用を脅かすボトルネックとなりつつあるのだ。

xMEMSの新兵器「µCooling」とは? その驚くべき仕組み

この課題に対し、xMEMS Labsが投入するのが「µCooling」である。 これは、同社が得意とするMEMS (Micro Electro Mechanical Systems、微小電気機械システム) 技術を応用して開発された、文字通り「チップ上のファン」だ。

µCoolingの核心技術:

  1. MEMS技術: 半導体の製造プロセスを用いて、シリコン基板上にマイクロメートル単位の微細な機械構造を作り込む技術。xMEMSはこの技術で、振動板(ダイヤフラム)を電気的に駆動させるピエゾMEMS方式を採用している。
  2. 動作原理: 電気信号を加えるとピエゾ素子が変形し、それによって振動板が高速で振動する。この振動が、まるで微小なジェットエンジンのように、連続的で高速度の空気パルスを生成し、対象物に吹き付けることで熱を奪う。
  3. 固体設計 (Solid-state): 従来のファンのようなモーターや回転する軸(ベアリング)といった機械的な可動部品を持たない。これにより、摩耗による故障がなく、高い信頼性と長寿命を実現する。また、動作音は非常に静かで、振動も発生しない。

このµCoolingファンは、驚くほど小型・薄型である。最小構成では9.3 x 7.6 x 1.13mmというサイズを実現しており、これは光トランシーバーモジュールの内部に直接組み込むことを可能にする、現状唯一のアクティブ(能動的な)冷却ソリューションだという。

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µCoolingがもたらす具体的なメリット:冷却性能から信頼性まで

では、このµCoolingを光トランシーバーに組み込むことで、具体的にどのような効果が得られるのだろうか? xMEMSが行った熱モデリングによると、そのメリットは多岐にわたる。

  • 優れた冷却性能: 最大で5Wもの局所的な熱を除去できる能力を持つ。これにより、発熱源であるDSPの動作温度を15%以上低減させ、熱抵抗(熱の伝わりにくさを示す指標)も20%以上改善できるという。
  • 性能の維持・向上: 発熱による性能低下(サーマルスロットリング)を抑制し、光トランシーバーが本来持つ高いデータスループットを安定して維持できるようになる。信号品質 (Signal Integrity) の改善にも寄与する。
  • 信頼性と寿命の向上: 高温状態は電子部品の劣化を早める最大の要因の一つだ。µCoolingによって動作温度を下げることは、光トランシーバーモジュール全体の信頼性を高め、製品寿命を延ばすことにつながる。
  • 光学部品の保護: 光トランシーバーにとって、内部のレンズやファイバーといった光学部品への塵や汚染は大敵だ。µCoolingシステムは、冷却用の空気流路を、熱源(DSPなど)とは熱的に結合させつつも、光学経路や主要な電子回路からは物理的に隔離された専用チャネル内に設ける工夫が凝らされている。これにより、冷却性能を損なうことなく、光学部品の清浄度と信頼性を維持できる。
  • メンテナンスフリー: モーターやベアリングがない固体設計のため、機械的な摩耗や故障の心配がなく、定期的なメンテナンスは不要となる。これは、多数のサーバーやネットワーク機器が密集するデータセンター環境において、運用コスト削減の観点からも大きな利点だ。

xMEMS Labsのマーケティング担当副社長であるMike Housholder氏は次のように述べている。「AIワークロードによってデータセンターの相互接続要求が急速に拡大するにつれて、コンポーネントレベルで熱のボトルネックが現れています。特に、密閉され、電力密度が高く、スペースに制約のある光モジュールにおいて顕著です。µCoolingは、光学部品やフォームファクタに妥協することなく、真のモジュール内アクティブ冷却を提供することで、この問題を解決する独自の位置にいます」。

なぜ今、µCoolingが重要なのか:市場の要求と技術の進化

µCoolingのような局所冷却技術が今、注目される背景には、データセンターを取り巻く環境の変化がある。市場調査会社のDell’Oro Groupは、800Gおよび1.6Tの高速光トランシーバーの出荷台数が、2028年まで年平均成長率 (CAGR) 35%以上で力強く成長すると予測している。

これらの高性能モジュールは、より多くのデータをより速く伝送できる一方で、消費電力も増大し、それに伴う発熱量の増加が避けられない。 従来の冷却方法だけでは対応が追いつかなくなりつつあり、まさに冷却技術が性能向上の足かせとなりかねない状況なのだ。 µCoolingは、既存の大規模冷却システムではカバーしきれない「最後の数センチ」の熱問題を解決する、補完的かつ重要なピースとして登場したと言えるだろう。

xMEMS Labsとは:MEMS技術のパイオニアが生み出す革新

µCoolingを開発したxMEMS Labsは、2018年1月に設立された比較的新しい企業だが、MEMS技術、特にピエゾMEMSプラットフォームにおいては先駆的な存在だ。 同社は、世界で初めて半導体製造プロセスで量産可能なモノリシックMEMSスピーカーを開発・製品化し、ワイヤレスイヤホンやウェアラブルデバイス、補聴器、さらにはAIグラスといった分野で新たなオーディオ体験を切り開いている。

µCooling技術も、元々はスマートフォンなど薄型化・高性能化が進むモバイル機器の熱対策として開発されたものだ。 今回、その応用範囲をデータセンターへと拡大したことで、xMEMSはモバイルから大規模インフラまで、幅広い分野で固体(ソリッドステート)による熱管理ソリューションを提供するというビジョンを着実に実現しつつある。 同社は、その革新的な技術に関して、世界中で230件以上の特許を取得していることからも、高い技術力がうかがえる。

将来展望と業界へのインパクト:データセンター冷却の新たな潮流となるか

µCoolingの技術は、現在主流のQSFP-DDやOSFPといったプラガブル光トランシーバーだけでなく、将来登場するとされる、より集積度の高いコパッケージドオプティクス (Co-Packaged Optics: CPO) など、さまざまなインターコネクト規格への展開が想定されている。 その小型でスケーラブルなアーキテクチャは、モジュール単位での柔軟な実装を可能にし、半導体プロセスによる大量生産にも適している。

この技術が広く採用されれば、光トランシーバーの設計自由度を高め、さらなる高性能化・高密度化を後押しする可能性がある。データセンター全体のエネルギー効率改善にも貢献するかもしれない。xMEMSのµCoolingは、AI時代のデータセンターが直面する熱問題に対する、画期的で実用的な解決策の一つとして、今後の動向が注目される技術である。


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