交通弱者の安全性向上を目指し、Alphabet傘下の自動運転企業Waymoが画期的な研究成果を発表した。米国6都市で発生した335件の交通弱者との衝突事故を詳細に分析し、その知見を公開。これは自動運転車の安全性向上に向けた重要な一歩となる。
前例のない規模の事故データ分析
交通弱者の定義と現状
今回のWaymoの報告書で用いられている交通弱者(Vulnerable Road Users: VRU)は、厳密には日本で用いられている定義とは異なるため、ここで解説を加えておく。Waymoの指すVRUは、自動車、バス、トラックに乗っておらず、交通事故で負傷したり死亡したりするリスクが高い道路利用者を指す。従来の自動車メーカーは車両乗員の安全性向上には注力してきたものの、車外の交通弱者の保護については十分な対策が取られてこなかった。
Waymoは、車載カメラメーカーのNexarとの戦略的提携により、5億マイル以上におよぶ実走行データから交通弱者との衝突事故を詳細に分析することに成功した。対象となったのは6つの米国主要都市で発生した335件の事故で、その約8割がニューヨーク市で発生している。これらの事故では中程度から重度の負傷者が発生しているものの、死亡事故は含まれていない。すべてのデータは個人情報保護の観点から適切に匿名化処理が施されている。
分析の深度と意義
Waymoの安全性研究者John Scanlonらのチームは、事故の「頻度と深刻度」に焦点を当てた包括的な分析を実施した。衝突時の車両と交通弱者双方の速度、衝突の形態と角度、事故発生時の環境要因など、多角的な視点からデータを精査している。
このデータセットの画期的な意義は、その規模と精度にある。米国最大の自然な走行環境下での事故データとして、ドイツの研究機関VUFOとの協力により開発された高度な傷害リスク評価モデルを用いて分析されている。さらに、得られたデータはシミュレーションや実地テストでの再現が可能であり、業界全体での活用を見据えて公開されている点も特筆に値する。
研究の課題と展望
このデータセットにも一定の制約は存在する。ニューヨーク市への地理的な偏りは無視できず、また死亡事故を含まないことで分析に一定の制限がかかることは否めない。気象条件や時間帯による変動要因についても、より詳細な検討が必要だろう。
しかしながら、交通弱者の安全性に関する研究としては、過去に例を見ない包括的なものとなっている。特に学術界からの関心が限られていた分野において、民間企業が主導してこれほど大規模な研究を実施した意義は極めて大きい。
事故リスク要因の特定
Waymoの研究チームは、事故データの詳細な分析を通じて、交通弱者との衝突事故における複雑な要因関係を明らかにした。特に注目すべきは、人間のドライバーが予期せぬ状況に直面した際の対応パターンである。歩行者が信号を無視して道路を横断する場合や、自転車が突然進路を変更するような状況では、ドライバーの反応時間が著しく制限され、事故のリスクが高まることが判明した。
さらに、都市環境特有の視界の遮断も重要な要因として浮かび上がった。街路樹や建築物、駐車車両などによる「幾何学的な遮蔽」は、ドライバーと交通弱者の相互視認性を著しく低下させる。2024年2月にサンフランシスコで発生したWaymo車両と自転車の衝突事故も、トラックによる視界の遮断が主要な要因であった。
車両の軌道も事故リスクに大きく影響する。直進時と比較して、右左折時には車両の進行方向や速度の変化が複雑になり、交通弱者との衝突リスクが上昇する傾向が確認された。
ドイツの交通研究機関VUFOとの協力により開発された新しい傷害リスク評価モデルは、従来の研究では見落とされてきた要素を考慮に入れている。特に、交通弱者の年齢や性別、車両との相対的な大きさなど、様々な要因を統合的に分析することで、より精緻な事故リスクの予測が可能となった。German In-Depth Accident Study(GIDAS)が20年以上にわたって蓄積してきた数千件の事故データは、このモデルの信頼性を裏付ける重要な基盤となっている。
深刻な社会課題への取り組み
米国における交通弱者の死亡事故は深刻な社会問題となっている。米国道路交通安全局(NHTSA)の統計によると、2022年には7,522人の歩行者と1,105人の自転車利用者が交通事故で命を落としている。さらに懸念されるのは、これらの数字が報告された事例に限定されているという事実だ。
実際には、交通弱者が関与する多くの事故が警察や保険会社に報告されていない。特に軽度の負傷事故や物損事故については、その実態を把握することが極めて困難な状況が続いている。米国の事故データ収集システムは、車両対車両の衝突事故に比べて、交通弱者が関与する事故の記録が著しく不足している。
Waymoの研究責任者であるJohn Scanlon氏は、「交通弱者が直面する固有の安全リスクを正確かつ詳細に理解することは、効果的な傷害防止戦略の開発に不可欠である」と指摘する。この認識に基づき、Waymoは自社の自動運転技術の安全性向上だけでなく、業界全体での知見の共有を目指している。
同社は既に、San Francisco Bicycle Coalition、Streets Are For Everyone、Phoenix Babes Who Walkなど、様々な地域団体や交通弱者の安全性向上を訴える活動家たちと協力関係を築いている。例えば、自転車利用者との接触事故を防ぐ「Safe Exit」機能や、歩行者に対して車両の意図を明確に伝えるLiDARドーム上のアイコン表示など、具体的な安全対策の開発にこれらの協力関係が活かされている。
現在、Waymoの自動運転車両は、サンフランシスコ、ロサンゼルス、フェニックスで週間15万件以上の有償運送サービスを提供している。さらに、オースティンとアトランタでのサービス開始も計画されており、交通弱者との安全な共存に向けた取り組みは、今後ますます重要性を増すことが予想される。
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