物理学の理論上の存在から実験的な実証へと進化を遂げた「時間結晶」が、量子コンピューティングの新たな可能性を切り開く。中国・米国の研究チームは、量子プロセッサを用いてトポロジカル時間結晶の生成に世界で初めて成功し、量子コンピュータの安定性向上への道を拓いた。
革新的な量子状態の実現
研究チームは浙江実験室、清華大学、NIST、QuEra Computingなどの研究機関の協力のもと、超伝導量子ビットを用いた画期的な実験を行った。実験の中核となったのは、18個の超伝導トランズモン量子ビットを二次元の正方格子状に配置した量子プロセッサである。このプロセッサは高度にプログラム可能な特性を持ち、研究チームは特殊な量子回路を適用することで、自然界では実現が困難な4体相互作用のシミュレーションを可能にした。
この実験設定において特筆すべきは、量子システムが示した「分調波応答」という特異な振る舞いだ。この現象は、システムが離散的な時間並進対称性を破っていることを示す明確な証拠となった。研究チームは、この振る舞いがサーフェスコードハミルトニアンと呼ばれる理論モデルに基づいており、周期的な駆動を加えた状態でもシステムのトポロジカルな性質が保持されることを確認した。
実験では、非局所的な論理演算子の測定とトポロジカルエンタングルメントエントロピーの観測を通じて、システムの特性を詳細に分析した。トポロジカルエンタングルメントエントロピーは、量子もつれの長距離相関を定量化する重要な指標である。研究チームは特定の固有状態を用意し、異なるサブシステムサイズにおけるエンタングルメントエントロピーを測定することで、システムが自明な状態から逸脱し、真にトポロジカルな秩序を持つことを実証した。
トポロジカル秩序がもたらす安定性
従来の物質相の分類では、液体や固体といった状態を対称性の破れと局所的な秩序パラメータによって記述してきた。しかし、今回実現されたトポロジカル時間結晶は、まったく新しい分類原理に基づく量子状態である。この状態の特徴は、局所的な測定では捉えることができない長距離量子もつれと、外乱に対する驚くべき耐性にある。
研究チームは、この新しい量子状態の安定性を綿密に検証した。実験では、量子ビットに対してランダムな局所場を印加することで、システムの耐性を評価した。その結果、システムは弱い擾乱に対して特徴的な分調波応答を維持し続けることが判明した。これは、トポロジカル時間結晶が持つ本質的な安定性を実証する重要な成果となった。
しかし、この安定性にも限界があることも明らかになった。研究チームは、印加する擾乱の強度を徐々に増加させていった際の系の応答を詳細に調査した。その結果、ある閾値を超える強い擾乱に対しては、トポロジカル秩序が崩壊し、時間結晶としての特徴的な振る舞いが失われることを発見した。
量子コンピューティングの未来への影響
トポロジカル時間結晶の実現は、量子コンピューティングの実用化に向けた技術的障壁を克服する新たな可能性を提示している。現代の量子コンピュータが直面する最大の課題は、量子ビットのスケールアップに伴うエラーの増加である。量子ビットの数が増えるほど、環境との望ましくない量子もつれが生じる確率が高まり、計算の精度が低下するという本質的な問題が存在する。
研究チームは、この技術が量子メモリの実現に向けて特に重要な意味を持つと指摘している。量子メモリは量子エラー訂正の実装に不可欠な要素であり、その安定性の向上は量子コンピュータの実用化に直接的な影響を持つ。トポロジカル時間結晶の特性を活用することで、より長時間にわたって量子情報を保持できる可能性が開かれた。
さらに、この研究は平衡状態では存在し得ない量子相の実験的な実現可能性を示した点でも画期的である。研究チームは、この実験手法を応用することで、より複雑な量子現象、特に非アーベル的エニオンと呼ばれる特殊な粒子の研究にも道を開く可能性を示唆している。これらの粒子は、耐障害性のある量子計算の実現に重要な役割を果たすと期待されている。
論文
- Nature Communications: Long-lived topological time-crystalline order on a quantum processor
参考文献
コメント