中国科学技術大学の研究チームは、105量子ビット(キュービット)の超伝導量子プロセッサ「Zuchongzhi 3.0」を開発し、特定の計算タスクにおいてGoogleの最新量子チップ「Willow」を100万倍上回る性能を達成したという。この成果は物理学専門誌『Physical Review Letters』に掲載されているが、量子コンピュータ開発競争における中国の躍進を強く印象づけるものだ。
圧倒的な計算能力を実証
Zuchongzhi 3.0は、中国科学技術大学のPan Jianwei教授率いる研究チームによって開発された最新の量子プロセッサである。このプロセッサは、前世代のZuchongzhi 2.0から大幅に改良され、105個の超伝導トランズモン量子ビットを搭載している。量子ビットとは、従来のコンピュータが使用する古典的ビット(0または1)と異なり、量子重ね合わせにより複数の状態を同時に取ることができる量子情報の基本単位だ。
プロセッサの構造は7列15行の長方形格子状に配置され、182個のカプラーを統合することで量子ビット間の接続性を向上させた設計となっている。技術的な性能指標では、単一量子ビットゲート、二量子ビットゲート、読み出し忠実度がそれぞれ99.90%、99.62%、99.18%という高い精度を達成している。これは前モデルのZuchongzhi 2.0から大幅に向上した数値である。
研究チームは「量子優位性」—量子コンピュータが従来のコンピュータでは現実的に不可能な計算を実行できる状態—を実証するため、「ランダム回路サンプリング」と呼ばれる手法を用いた。具体的な実験では、105個の量子ビットのうち選択した83個を使用し、32サイクルという深度でランダム量子回路を実行。約4億1000万のビットストリング(出力パターン)を91時間かけてサンプリングした。
スーパーコンピュータとの圧倒的な差
研究チームの計算によると、Zuchongzhi 3.0が数百秒で完了した計算タスクは、現在世界最速のスーパーコンピュータ「Frontier」でシミュレーションした場合、約64億年(6.4×10^9年)かかるとされる。これは宇宙の年齢(約138億年)の半分近くに相当する時間だ。
特筆すべきは、この性能がGoogleの最新量子優位性実験(67量子ビットのSycamoreを使用)と比較して、古典的シミュレーションコストが6桁(約100万倍)高いという点である。これはGoogleが2019年に初めて量子優位性を主張して以来、最も大きな性能向上を示すものだ。
韓国の報道によれば、「Zuchongzhi 3.0は従来のスーパーコンピュータより1,000兆倍高速であり、Googleの最新量子コンピューティング技術と比較して、処理速度が100万倍高速である」と伝えられている。
技術的ブレークスルーが性能向上を実現
Zuchongzhi 3.0の性能向上を可能にした技術的ブレークスルーは複数ある。研究チームは量子ビットの設計を最適化し、キャパシタンスとジョセフソン接合パラメータを微調整することで電荷ノイズと磁束ノイズへの感度を低減した。さらに、キュービットキャパシタパッドの形状を変更して電界分布を最適化し、表面誘電損失を最小限に抑えている。
製造プロセスの改良点としては、上部のサファイア基板にはタンタル、下部のサファイア基板にはアルミニウムを使用した量子ビットコンポーネントをリソグラフィで定義。これらをインジウムバンプフリップチップ工程を通じて接合する手法を採用した。この方法により界面の汚染を減少させ、量子ビットの緩和時間を向上させることに成功した。
これらの技術革新の結果、量子ビットの安定性が大幅に向上。プロセッサの緩和時間(T1、量子状態が崩壊するまでの時間)は72マイクロ秒に達し、位相緩和時間(T2、量子情報の位相コヒーレンスが失われるまでの時間)は58マイクロ秒まで改善された。
実用化に向けた課題と展望
研究チームは今回の成果の重要性を強調する一方で、量子コンピューティングのさらなるスケーリングにおける課題も認めている。マルチ量子ビット操作におけるエラーは、特に回路の複雑さが増すにつれて障害となる。
また、今回の実証に使用されたランダム回路サンプリングという手法は、量子コンピュータの能力を示すベンチマークとして有効であるものの、最適化や暗号解読などの実世界の問題解決に直接適用できるわけではない点にも注意が必要だ。言い換えれば、今回の量子優位性の実証は技術的な可能性を示すものであり、即座に実用的な量子コンピュータの登場を意味するわけではない。
さらに、量子回路をシミュレーションするための古典的アルゴリズムも継続的に改良されており、テンソルネットワークアルゴリズムなどの技術進歩により、現在の量子優位性の主張が将来的に挑戦を受ける可能性もある。
量子コンピューティングの真の実用化に向けては、量子ビット数の増加と回路忠実度の向上が不可欠となる。研究チームは、最適化問題、機械学習、創薬などが、これらの開発から恩恵を受ける可能性のある近い将来の応用分野として期待を寄せている。
国際的な量子技術競争の激化
量子コンピューティングが戦略的技術フロンティアとして急速に重要性を増す中、米国、欧州、中国はこの分野でのリーダーシップを激しく競い合っている。
Zuchongzhi 3.0の発表により、中国は量子コンピューティング分野でのフロントランナーとしての地位をさらに強化し、Google、IBM、その他のグローバルテック企業に直接的な挑戦を突きつけている。新華社通信はこの成果を「中国が世界の量子コンピューティング競争で支配的地位を確立する重要なマイルストーン」と位置づけている。
専門家は、中国が量子処理能力において技術的優位性を示している一方で、完全な商業化に向けては量子エラー訂正や安定した量子チップの開発など、重要な課題が残されていると指摘している。
この最新の進歩は、量子コンピューティングがもはや単なる理論的概念ではなく、差し迫った現実であり、金融、人工知能、製薬、暗号技術、気候モデリングなど多岐にわたる産業に革命をもたらす可能性を示している。
論文
- Physical Review Letters: Establishing a New Benchmark in Quantum Computational Advantage with 105-qubit Zuchongzhi 3.0 Processor
参考文献
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