MicrosoftとQuantinuumは本日、量子エラー訂正における大きなブレークスルーを達成した事を発表した。両社はこれまでに記録された中で最も信頼性の高い論理量子ビットの実証に成功したのだ。これは、Noisy Intermediate-Scale Quantum (NISQ) と呼ばれる、現在開発されている量子コンピュータの1つの時代の終わりをもたらすことになるかも知れない。少なくとも両社はそう主張している。
エラー訂正の重要性
今日の量子コンピューティング・ハードウェアは、これまで一般的に「ノイジー中間スケール量子(NISQ)コンピューター」の時代と呼ばれてきたものに分類される。これは、量子コンピュータは回避が困難なエラー(ノイズ)によって、できることが大きく制限されていること、また、「中間スケール」とは、現世代の量子コンピューターがせいぜい1000量子ビット強にとどまっているためである。現在の量子コンピュータでは、量子ビットの初期状態の設定から出力の読み取りまで、その段階のあらゆる部分で問題が生じる可能性があり、量子ビットは何もしていない間にその状態を失うことすらもある。このエラーの回避が叶わない限り、個々の量子ビットを1回の計算にすべて使うことができないものもある。量子ビットが何個あっても、基本的なアルゴリズムを実行する時間がほとんどなく、システムがノイズに満ちて有用な結果が得られないのでは意味がない。
これに対する解決策としては、複数の物理量子ビットを組み合わせて、論理量子ビットと呼ばれるものを形成することである。これにより、1ビットの量子情報を複数の物理量子ビットに分散させることができ、個々のエラーの影響を減らし、より長く、より耐性のある量子計算を可能にする。追加の量子ビットをセンサーとして使用することで、エラーを検出し、それを修正するための介入を可能にすることができる。この論理量子ビット研究の成果は、量子コンピューティングを現在のNISQシステムから新しいレベルのフォールトトレラント量子コンピューティングへと移行させる大きな前進である、と研究者たちは報告している。
Quantinuumのイオントラップ型量子プロセッサ「H2」は、99.8%という並外れた2量子ビットのゲート忠実度を達成している。この高忠実度のハードウェアにより、Microsoft のエラー修正ソフトウェアが効果的に機能することが可能になった。
Quantinuumの高忠実度のイオントラップ型ハードウェアとMicrosoftの新しい量子ビット仮想化システムを使用することで、チームは14,000回以上の実験を1つのエラーもなく実行することができた。また、この新しいシステムにより、チームは論理量子ビットをチェックし、論理量子ビットを破壊することなく、遭遇したエラーを修正することができた。
「我々の知る限り、これらの実験の中で、物理的エラー率よりも優れた論理的エラー率を示したものはない」と、研究者らは論文の中で述べている。MicrosoftとQuantinuumは、彼らの新しいハードウェア/ソフトウェアシステムが、物理的エラー率と論理的エラー率の間に最大のギャップを示し、物理的量子ビットだけを使用する場合よりも最大800倍向上していると主張している。
Microsoftの戦略的使命・技術担当上級副社長であるJason Zander氏は、「業界として初めて、我々はレベル1の基礎的量子コンピューティングからレベル2のレジリエント量子コンピューティングへと前進しました。我々は今、信頼性の高い量子コンピューターで有意義な問題を解決するための次の段階に入っています。エラーをフィルタリングして修正する我々の量子ビット仮想化システムとQuantinuumのハードウェアを組み合わせることで、これまでに報告されている物理エラーレートと論理エラーレートの間の最大のギャップを実証しました。これは、4つの論理量子ビットを持つシステムとして初めて実証されたもので、これほど大きな桁でブレーク・イーブン・ポイントを通過しています」と、述べている。
量子コンピュータを次の時代へ
今回の研究は、本格的な量子コンピューターの実現に向けた重要なマイルストーンとなる。論理量子ビットの忠実度とスケールが十分に高ければ、量子コンピューターは化学反応のモデル化、新素材のシミュレーション、プロセスの最適化など、極めて複雑な問題に取り組むことができる。これらの能力は、気候変動、食糧不安、エネルギー危機といった壮大な課題の解決に役立つだろう。
Quantinuumの量子コンピュータは、イオントラップ型と呼ばれる物に分類される。トラップ型イオン量子ビットの利点は、一貫した動作(原子にデバイス間のばらつきがない)、制御のしやすさ、相対的な安定性である。イオンは簡単に移動させることができるため、ハードウェア内のどの量子ビットも他の量子ビットと絡ませることができ、計算を進めながら測定を行うことも可能だ。
この研究では3つの実験が行われた。最初の実験では、7つの情報を保持するハードウェア量子ビットと、エラー検出と訂正のための3つの補助量子ビットで論理量子ビットを形成した。ハードウェアの32個の量子ビットにより、これらの量子ビットを2つ作成することができた。その後、これらの量子ビットを量子もつれ(エンタングルメント)状態にし、2回のゲート操作を必要とした。エラーのチェックは、量子ビットの初期化とエンタングルメントの後に行われた。これらの操作を数千回行い、エラー率を導き出した。
個々のハードウェア量子ビットのエラー率は0.50%であった。エラー訂正を含めると、このエラー率は0.05パーセントに低下した。しかし、解釈の難しいエラー状態を示す測定値を特定し、それらの計算を破棄すれば、システムはさらに良い結果を出すことができる。廃棄することでエラー率は0.001パーセントに低下した。このようなケースは非常にまれであったため、チームは相当数の演算を破棄する必要はなかったが、それでもエラー率には大きな違いがあった。
このコードには30個の物理量子ビット(24個のデータと6個の補正/検出)が必要である。しかし、このコードもハードウェア用に最適化されていた。
カーボン・コードでは、適切に訂正することが難しいエラーも識別できるため、それらの結果を破棄することができる。エラー訂正と修正困難なエラーの破棄によって、エラー率は0.8パーセントから0.001パーセントに低下した。
最後に、研究者たちはカーボンコードを用いて、ゲート演算とエラー検出・訂正を論理量子ビット上で繰り返し行った。その結果、1ラウンドでエラー訂正による大幅な改善(約1桁)が見られた。しかし、2ラウンド目では、エラー訂正によってエラー率が半分になっただけで、3ラウンド目では統計的に有意な改善は見られなかった。
つまり、この結果は、エラー訂正が機能することを教えてくれる一方で、有用な計算が必要とする拡張演算を可能にするには、現在のハードウェアではまだ不十分であることを示している。それでもこれは、フォールトトレラントで信頼性の高い、より精巧な計算への道筋における重要なマイルストーンになると研究者らは述べている。特に、この計算が、一点ものの学術用マシンではなく、市販のハードウェアで行われたことは意義深い物だ。
Quantinuumの創設者兼最高製品責任者であるIlyas Khan氏は、「本日の結果は歴史的な快挙であり、この共同研究が量子エコシステムの限界を押し広げ続けていることの素晴らしい反映です。Microsoftの最先端のエラー訂正と、世界で最も強力な量子コンピューター、そして完全に統合されたアプローチとの連携により、私たちは量子アプリケーションの次の進化に大きな期待を寄せており、私たちの顧客やパートナーが私たちのソリューションからどのような恩恵を受けるのか、特に大規模な量子プロセッサーに向けて前進するのを待ちきれません」と、述べている。
論文
- scene7.com: Demonstration of logical qubits and repeated error correction with better-than-physical error rates [PDF]
参考文献
- Microsoft:
- Quantinuum: Quantinuum Partners with Microsoft in New Phase of Reliable Quantum Computing with Breakthrough Demonstration of Reliable Logical Qubits
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