ガラスとゲルは、見た目は同様にクリアな素材ではあるが、その性質は全く異なったものだ。だが今回、ノースカロライナ州立大学(NC State)の研究者らは、この2つの素材の長所を持つ「ガラス状ゲル」とも呼べる全く新しい素材を開発した事を発表した。
ガラス状ゲルは多くの独自の特徴を備えている
「我々はガラス状ゲルと呼ばれる材料のクラスを作り出しまし。これはガラス状ポリマーと同じくらい硬いですが、十分な力を加えると壊れることなく元の長さの5倍まで伸びるのです。さらに、材料を伸ばした後に加熱することで元の形に戻すことができます」と、NC StateのChemical and Biomolecular EngineeringのCamille and Henry Dreyfus教授であり、論文の責任著者であるMichael Dickey氏は述べている。
しかし、この発見は意図した物ではなかったようだ。多くの偉大な科学上の発見がそうであったように、この物質の発見も偶然だったと、Dickey氏はScienceAlertに語っている。
「私たちはこの興味深い材料に偶然出くわしました」と彼は言う。共同筆頭著者であり、NC Stateのポストドクター研究員であるMeixiang Wang氏が電気を通すイオン液体で膨潤したポリマーからなるイオン液体を実験しているときだった。
Wang氏は、圧力センサー、その他の医療機器やロボット工学に使用される可能性のある伸縮性のあるウェアラブルデバイスを作ろうとしていた。成分を変えることで、Wangは最初は「ありふれた透明で柔軟なプラスチック片」のように見えるゲルを作り出したが、テストの結果、それが非常に硬いことがわかった。だがそれは、他の一般的なプラスチックのように脆くはなかったのだ。
「それらが驚くべき特性を持っていることに気づいたとき、私たちはそれをよりよく理解するために没頭しました」とDickey氏は述べている。
ガラス状ゲルはその名の通り、ガラス状ポリマーとゲルの両方の最も魅力的な特性を組み合わせた材料である。NC Stateのチームは、新しい材料クラスを作成するために、水筒や他の硬質プラスチックを作るために使用される従来のガラス状ポリマーの液体前駆体をイオン液体と混合することから始めた。Dickeyによると、イオン液体は水のような基本的な溶媒であるが、「完全にイオンで構成されている」という。
「通常、溶媒をポリマーに加えると、溶媒がポリマー鎖を引き離し、ポリマーが柔らかく伸縮性のあるものになります。これが、湿ったコンタクトレンズが柔軟であり、乾いたコンタクトレンズがそうでない理由です」と、Dickey氏は説明する。
しかし、ガラス状ゲルでは逆の現象が起こる。溶媒は液体ポリマーの分子鎖を引き離し、ゲルのように伸縮性のある材料を生み出す。一方、溶媒中のイオンはポリマーに強く引き付けられ、鎖の移動を妨げる。これがガラスのような硬さを持つ原因である。このようにして、両者の最良の特性を持つ新しいクラスの材料が誕生した。
「最終的な結果として、この材料は引力によって硬くなるが、追加のスペースによって伸縮性を持つことができます」とDickey氏は述べている。
この材料の組み合わせは、あらかじめ形成された型に注ぎ、紫外線(UV)にさらされることで硬化される。結果としてガラス状ゲルができる。研究者たちは、このソリューションが3Dプリンターでも使用でき、ガラス状ゲルをカスタマイズされた形状に印刷できると述べている。
「ガラス状ゲルの作成は、どんなタイプの型でも、硬化させるか、3Dプリントすることで簡単に行えます」とDickey氏は述べている。研究者たちによると、この簡便さのおかげで、この材料は多用途であるだけでなく、現在の工業的手法よりも安価になる可能性があるという。
「同様の機械的特性を持つほとんどのプラスチックは、製造業者がポリマーを原料として作成し、その後、別の施設に輸送してポリマーを溶かして最終製品に形成する必要があります」とDickeyは説明している。
また耐久性だけでなく、ガラス状ゲルはそれ以外にも多数の独自で貴重な特性を持つと言う。例えば、ガラス状ゲルは大量の水を含んでいるため、ほとんどの硬質ポリマーよりも電気を効率的に伝導するのだ。
「ガラス状ゲルを特徴付ける重要な点は、50%以上が液体であるため、同等の物理的特性を持つ一般的なプラスチックよりも電気を効率的に伝導できることです」と、Wang氏は述べている。
更に、硬い素材としては珍しいことに、ガラス状ゲルは非常に粘着性が高いという。なぜガラス状ゲルが高い粘着性を備えているのかはまだ不明なようだ。「ガラス状ゲルの最も興味深い特性は、その粘着性の高さです。硬くて伸縮性がある理由は理解できるが、なぜこれほど粘着性が高いのかは推測するしかありません」と、Dickey氏は説明する。
そして、ゲル素材のように60%以上も水を含んでいるが、ガラス状ゲルは乾燥したり蒸発したりする心配がないという点も注目すべき点だろう。
「これらの材料が持つ多くの独自の特性を考慮すると、これらの材料が有用であると楽観的に見ています」とWang氏は述べている。
この魅力的素材の利用については、Dickey氏は電気を通す硬い材料はバッテリーに有用であると述べている。
他の潜在的な用途には、現在商業プラスチックの製造に使用されている溶融加工よりも簡単な技術を使用して、3D印刷によるプラスチック様材料の製造が含まれる。このプロセスは通常、各プラスチック製造ステップのために製品を複数の施設に出荷することを含むが、ガラス状ゲルは型に注入してUV光で硬化させることができる点で優れているだろう。
だが、応用の前にDickey氏のチームはこれらの材料がどのように形成されるか、およびこれらの独特な特性を生み出す「魔法の比率」がなぜ存在するのかをよりよく理解したいと考えている。
「ガラス状ゲルがどのように使用されるかを見るのが楽しみです」と、Dickey氏は述べている。
論文
- Nature: Glassy gels toughened by solvent
参考文献
- North Carolina State University: Researchers create new class of materials called ‘glassy gels’
- ScienceAlert: This Glassy Gel Is a Surprising New Class of Material That Heals Itself
研究の要旨
ガラス状ポリマーは一般に硬くて強いが、伸展性には限界がある。溶媒で膨潤させることで、ガラス状ポリマーは柔らかく弱いゲルになり、伸展性が向上する。このような顕著な物性の変化は、溶媒がポリマー間の相互作用を弱める一方で、鎖間の自由体積を増加させることから生じる。ここでは、極性ポリマーを適切な濃度のイオン液体(すなわち、イオノゲル)で溶かすことで、ガラスとゲルの両方の性質を持つ、ガラス状ゲルと呼ばれるユニークな材料が得られることを示す。イオン液体は、従来の溶媒(例えば水)がないにもかかわらず、自由体積を増加させ、したがって伸展性を高める。しかし、イオン液体はポリマー鎖間に強力で豊富な非共有結合性架橋を形成し、室温で、硬く、強靭で、ガラス状で、均質なネットワークを形成する(つまり、相分離を起こさない)。54wt%以上が液体であるにもかかわらず、ガラス状ゲルは非常に大きな破壊強度(42MPa)、靭性(110MJ m-3)、降伏強度(73MPa)、ヤング率(1GPa)を示す。これらの値は、ポリエチレンのような熱可塑性プラスチックと同様であるが、熱可塑性プラスチックとは異なり、ガラス状ゲルは670%のひずみまで変形させることができ、加熱すると完全かつ迅速に回復する。この透明な材料は一段階の重合で形成され、優れた接着性、自己修復性、形状記憶性を持つ。
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