ビッグバン直後に生まれたと考えられる仮説上の天体「原始ブラックホール」は、その存在を決定的に示す証拠をいまだ得られていない。だが、バッファロー大学およびドンホワ大学の理論研究チームは、この捕捉困難な天体が、実は地球上の物質内部にごく微細なトンネルを形成している可能性を示唆している。この「ナノトンネル」は、電子顕微鏡による調査が可能なレベルで検出できるかもしれず、原始ブラックホールの直接的な痕跡を見出す革新的な手がかりとなり得る。さらに、こうした証拠は、宇宙最大の謎の一つである「ダークマター」の正体解明へとつながる可能性も秘めている。
原始ブラックホールと微細な通過痕
原始ブラックホールは、その存在が仮説として提唱されながら、これまで直接的な証拠が得られていない謎の天体だ。通常の星が崩壊して形成されるブラックホールとは異なり、宇宙初期の極限的環境で生まれたとされている。その質量は極めて小さく、理論上は小惑星クラスの質量を持ちつつも、サイズは原子や分子と同等かそれ以下にまで圧縮されていると考えられる。
今回の研究で注目されているのは、こうした原子サイズのブラックホールが地球上の物質を貫通する際に生じる、幅約100ナノメートルという極微小な「トンネル」である。このトンネルは、質量が約1019キログラム(主小惑星帯に存在する小惑星「324 バンベルガ」に匹敵)という原始ブラックホールが高速で岩石などを突き抜けるとき、物質を粉砕する代わりに、まさに弾丸がガラスに小さな穴を開けるように形成されると考えられている。
通常、物体がガラスなどの固体に衝突すれば、その分子構造は衝撃に反応する余裕があり、結果として砕け散る。しかし、原始ブラックホールのように超高速かつ超高密度な点状質量が通過する場合、分子が反応する時間的猶予はほとんどなく、極小のきれいな穴が開くだけとなる。この現象は理論上、物質の内部にほぼ均質な、滑らかなナノスケールの穴を開けるメカニズムとして説明できる。
興味深いのは、この「ナノトンネル」が、巨大隕石による衝突痕とは全く異なるという点である。たとえば、恐竜絶滅を引き起こしたとされる小惑星は、原始ブラックホールのおよそ22分の1の質量でありながら、地球表面を破壊的に改変した。それに対し、原始ブラックホールは微小な領域に極限的な質量を集中させ、高速で駆け抜けるため、対象物質を粉々に砕くのではなく、狭く細い「筋」を残して通過していくにすぎない。
また、こうしたブラックホールが仮に生体組織を通過した場合でも、致命的なダメージはほとんど生じない可能性がある。生体組織は表面張力が小さいため、通過後に組織が大きく裂けたり崩壊したりすることは起こりにくい。さらに、極めて高速の移動によって、ブラックホールが組織内で放出するエネルギーは限定的なものに留まると考えられる。
地球上の「考古学的」探索アプローチ
この理論研究で提案されている新たな探査手段は、従来の天文学的手法とは異なるユニークなものだ。すなわち、地球上の固体物質—たとえば何百年、何億年という長期間にわたり存在し続けた建造物や地層・岩石—を、電子顕微鏡を用いて詳細に調べることにより、原始ブラックホールが残したナノトンネルを探索するのである。
この発想の利点は、コストや装置面で大規模な新設を必要としない点だ。既存の顕微鏡技術を活用すれば、地球上に既に存在するサンプルから、過去の微小な通過痕を発見できる可能性がある。しかしながら、その確率は極めて低い。計算によれば、10億年前の岩石に原始ブラックホールが通過した可能性は約0.000001%に過ぎず、膨大な数の試料を丹念に調べる必要がある。
研究チームは、さらに想像力を広げ、液体コアを持つ小さな天体内部に原始ブラックホールが取り込まれた場合、その天体内部に空洞化が起こり得るという仮説も打ち立てている。地球の10分の1程度以下のサイズの天体であれば、重力に抗して中空構造を保ちうる。このような異常な内部構造を持つ天体は、望遠鏡による密度測定で検出可能なはずだ。通常よりも著しく軽い天体が見つかれば、それは内部に原始ブラックホールが存在し、空洞を形成した証拠になるかもしれない。
今回の理論は、既存の宇宙論的枠組みを越えた「新しい考え方」を提示している。長年、最も優秀な科学者たちがダークマターや初期宇宙の謎に取り組んできたが、決定的な解明には至っていない。バッファロー大学の Dejan Stojkovic 教授は、必要なのは既存モデルを少しずつ修正することではなく、まったく新たな理論的フレームワークである可能性を指摘している。
Stojkovic 教授は、この探査の意義について重要な指摘をしている。「過去80年間、最も優秀な科学者たちがダークマターなどの問題に取り組んできましたが、まだ解決には至っていません。我々に必要なのは、既存モデルの単なる拡張ではなく、完全に新しい理論的枠組みかもしれません」という彼の言葉は、従来の常識にとらわれない革新的なアプローチの重要性を強調している。
原始ブラックホールによる地球物質への「ナノトンネル」形成という奇抜な発想は、その新たな理論的ヒントとなり得る。もし電子顕微鏡下でその痕跡が発見されれば、原始ブラックホールの存在を裏付ける決定的な手がかりとなり、ひいてはダークマター問題解決に一歩近づくことにもなるだろう。
論文
- Physics of the Dark Universe: Searching for small primordial black holes in planets, asteroids and here on Earth
参考文献
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