ウィスコンシン大学の物理学者たちが、核融合研究において画期的な成果を上げた。トカマク型核融合炉の密度限界として知られるグリーンワルド限界を10倍も上回る安定したプラズマの生成に成功したのだ。この成果は、持続可能なエネルギー源として期待される核融合発電の実現に向けて、大きな一歩となる可能性がある。
グリーンワルド限界を10倍上回る密度を達成
核融合反応を効率的に起こすためには、プラズマの高密度化が不可欠だ。しかし、約40年前にMartin Greenwaldによって提唱された「グリーンワルド限界(Greenwald Limit)」は、トカマク装置内のプラズマ密度に上限を設けていた。この経験則は、プラズマ密度がある閾値を超えると不安定化するという現象を説明するものだった。これまでの研究では、この限界を最大でも2倍程度しか超えることができず、核融合研究の大きな障壁となっていた。
ウィスコンシン大学の研究チームは、マディソン対称トーラス (MST) と呼ばれるトカマク装置を用いて、この常識を覆す実験に成功した。彼らは、グリーンワルド限界の10倍という前例のない密度でプラズマを安定的に維持することに成功したのである。この成果は、物理学の権威ある専門誌『Physical Review Letters』に掲載され、核融合研究コミュニティに大きな衝撃を与えた。
研究チームのリーダーであるNoah Hurst氏は、この成功の鍵となった要因として、MSTの独特な設計を挙げている。特に重要なのは、装置の厚い導電性の壁と、フィードバック制御可能な高電圧電源だ。厚い導電性の壁は、プラズマを制御する磁場を安定化させる役割を果たす。一方、フィードバック制御可能な電源は、プラズマの状態に応じて電圧を細かく調整することを可能にし、高密度下でもプラズマの安定性を維持するのに貢献した。
実験では、プラズマにガスを徐々に注入して密度を上げていったが、予想に反してプラズマは不安定化せず、安定を保ち続けた。Hurst氏は、「私の仕事はプラズマを不安定にする方法を見つけることでした。しかし、多くの場合、それは不可能でした。これは非常に驚くべき結果でした」と語っている。
この成果は、核融合研究に新たな可能性を開くものだが、研究チームは慎重な姿勢も示している。今回の実験は低磁場、低温のプラズマで行われたもので、実際の核融合反応を起こすには至っていない。また、ITER(国際熱核融合実験炉)のような大規模な核融合炉にすぐに応用できるわけではない。
しかし、この研究が核融合の実用化に向けて持つ意義は大きい。将来の核融合炉では、グリーンワルド限界付近、あるいはそれを超える密度での運転が必要になると考えられている。今回の成果は、その可能性を示唆するものだ。Hurst氏は、「密度限界の原因をより深く理解し、なぜ我々が限界の10倍まで到達できたのかを解明できれば、将来の核融合炉の設計に大きな影響を与える可能性があります」と述べている。
核融合発電の実現には、まだ多くの技術的障壁が残されている。プラズマの高温維持や、中性子による壁の損傷など、解決すべき課題は山積みだ。しかし、ウィスコンシン大学の研究チームが示した今回の成果は、これらの課題を乗り越える可能性を示唆し、今後の技術開発に希望を与えるものと言えるだろう。
論文
- Physical Review Letters: Tokamak Plasmas with Density up to 10 Times the Greenwald Limit
参考文献
- University of Wisconsin: Madison Symmetric Torus operates stable plasma at ten times the Greenwald Limit
研究の要旨
電流を運ぶトロイダル実験室プラズマは、経験的なグリーンワルド限界以上の電子密度では維持できないのが普通である。 ここで紹介するのは、マディソン対称トーラスにおけるトカマク実験で、この限界の約10倍という前例のないレベルまで電子密度を高めたものである。 これは、厚く安定化する導電性の壁と、プラズマ電流を駆動する高電圧フィードバック制御電源によって可能になったと考えられている。 トロイダル電流の半径方向プロファイルは、他の実験で日常的に観察されるエッジ崩壊を起こすことなく、限界の2倍付近でフラットになる。
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