物理学における最大の謎の一つ、「時間とは何か」という問いに、1つの答えを導き出す可能性に繋がる、新たな理論が提唱された。イタリア国立研究評議会(CNR)の研究チームが発表した論文は、時間が量子もつれから生まれる「幻想」である可能性を示唆し、物理学界に大きな波紋を投げかけている。この理論は、量子力学と一般相対性理論の間の長年の矛盾を解決する可能性を秘めており、我々の時間に対する理解を根本から覆す物となるかも知れない。
量子もつれが生み出す時間の幻想
CNRの研究チームが提案する理論は、1983年にDon PageとWilliam Woottersによって最初に提唱されたアイデアを発展させたものである。この理論によれば、時間は量子系と「時計」として機能する別の量子系との間の量子もつれの結果として生じる現象だという。
「古典法則と量子法則の両方に合致し、量子もつれの現れである時間を導入する方法が存在します。時計とシステムの相関関係は、私たちの生活の基本的な要素である時間の出現を生み出すのです」と、筆頭著者であるイタリア国立研究評議会の物理学者 Alessandro Coppo氏はLive Science誌に語っている。
量子もつれとは、2つ以上の粒子が互いに関連し合い、一方の状態を測定すると瞬時に他方の状態が決定される現象を指す。研究チームは、この量子もつれの概念を時間の定義に応用した。
論文の共著者の一人であるPaola Verrucchi氏は次のように説明している。「我々の研究では、ある物体が特定の瞬間に存在するということは、別の物体(時計)が特定の状態にあるということを意味します。Page-Woottersの取り扱い(そして我々の取り扱い)では、時間は2つのもつれた系の結果です:進化する系と時計です」。
この理論の驚くべき帰結は、この2つの系(進化する系と時計)の外部にいる観測者から見ると、宇宙は完全に静止して不動に見えるということだ。つまり、時間の流れは我々の観測の結果であり、量子系を「乱す」ことによって生じるものだという。
研究チームは、この理論をより一般化し、古典力学や相対性理論とも整合性のある時間の定義を導き出すことに成功した。彼らは小さな磁石の系を時計として、量子振動子を進化する系としてモデル化し、シュレーディンガー方程式の修正版を用いてこのシステムを数学的に記述した。
この理論の重要な側面は、「原初において、すべてがすべてともつれていた」ということを示唆している点だ。つまり、量子もつれは宇宙に本来備わった原初的な現象であり、その時点では時間は真に絶対的だったかもしれないという。Verrucchi氏は次のように述べている。「このモデルの最も深遠な側面は、『原理的に』すべてのものがすべてのものとつながっていたはずだということです。つまり、量子もつれは宇宙に本来備わった根源的な現象なのです。その始まり、その特異点において、時間は本当に絶対的だったのです」。
この理論は、物理学における2つの大きな柱である量子力学と一般相対性理論の間の矛盾を解決する可能性を秘めている。量子力学では時間は絶対的で普遍的なものとして扱われるのに対し、一般相対性理論では時間は相対的で、重力の影響を受けて歪む4次元時空の一部として扱われる。この新理論は、両者の見方を統一する糸口となるかもしれない。
しかし、この理論がどのように実験的に検証できるのかはまだ明らかではない。理論物理学者たちは、この新しいアイデアに興味を示しつつも、慎重な姿勢を崩していない。
オックスフォード大学の量子情報科学教授Vlatko Vedral氏はLive Scienceのインタビューで次のように述べている。「普遍的な時間を量子場と3次元空間の量子状態の間のもつれとして考えることは、数学的には一貫しています。しかし、この描像から何か新しいもの、実りあるものが生まれるかどうか – 例えば量子物理学や一般相対性理論の修正や、それに対応する実験的検証 – は誰にもわかりません」。
この革新的な理論は、時間の本質に関する我々の理解を根本から覆す可能性を秘めている。しかし、その検証と広範な受け入れには、さらなる研究と実験が必要となるだろう。時間が真に量子もつれの産物であるのか、それとも我々の認識を超えた別の本質を持つのか – この問いへの答えは、物理学の未来を左右する重要な鍵となるかもしれない。
論文
- Physical Review A: Magnetic clock for a harmonic oscillator
参考文献
- New Scientist: Time may be an illusion created by quantum entanglement
- Live Science: Time might be a mirage created by quantum physics, study suggests
研究の要旨
PageとWoottersのアプローチに従って、進化する系とその時計を非相互作用のもつれ系として記述することに基づいて、最近提案された時間を定義するための手順の実装を示す。 時計のみ、あるいは時計と進化系の両方が巨視的な条件を満たしたとき、量子ダイナミクスが古典的な振る舞いにどのように変化するかを研究する。 この新しい振る舞いの記述には、古典的な時間の概念、位相空間とその上の軌跡の概念が含まれる。 これによって、私たちが意味する物理的なダイナミクスの全体像を得るために、システムを特徴づける量と時計の間に成り立つ関係を個別に分析し、議論することができる。
コメント