有機半導体を用いた革新的なソーラーパネルの開発が、太陽エネルギー利用の新たな地平を切り開こうとしている。カンザス大学の研究チームが、従来のシリコン製パネルの限界を超える可能性を秘めた有機半導体の仕組みを解明し、より効率的で多用途な太陽電池の実現に向けて大きな一歩を踏み出した。このブレークスルーは、環境にやさしい再生可能エネルギーの普及に大きな影響を与える可能性がある。
有機半導体が切り拓く太陽光発電やCO2削減への新たな道
従来のシリコン製ソーラーパネルは高い変換効率を誇るものの、製造コストが高く、曲面への設置が困難であるなどの欠点があった。これらの課題を解決するため、研究者たちは「有機」半導体と呼ばれる新しい材料の開発に取り組んできた。有機半導体は、地球上に豊富に存在し、安価で環境に優しい炭素ベースの半導体である。
カンザス大学の物理学・天文学准教授であるWai-Lun Chan氏は、有機半導体の利点について次のように説明する。「これらの有機材料は、壁にペンキを塗るのと同じように、溶液ベースの方法で任意の表面にコーティングできるため、太陽電池パネルの製造コストを潜在的に下げることができます。また、有機材料は選択した波長で光を吸収するようにチューニングできるため、透明な太陽電池パネルや異なる色のパネルを作ることができます。これらの特性により、有機太陽電池パネルは次世代のグリーンで持続可能な建物に特に適しています」。
有機半導体はすでに携帯電話やテレビ、VRヘッドセットなどの消費者向け電子機器のディスプレイパネルに使用されているが、商用ソーラーパネルでの使用はまだ広まっていなかった。その主な理由は、有機太陽電池の光電変換効率が約12%と低く、25%の効率を持つ単結晶シリコン太陽電池に及ばなかったためである。
しかし、最近開発された非フラーレン系アクセプター(NFA)と呼ばれる新しい有機半導体が、この状況を一変させた研究者らは、NFAを用いることで20%近くまで向上させることに成功したのだ。だが、この飛躍的な性能向上の理由は、これまで謎だった。
Chan氏らの研究チームは、『Advanced Materials』誌に掲載された研究で、NFAの優れた性能の一因となる微視的メカニズムを発見した。この発見の鍵となったのは、「時間分解二光子光電子分光法」(TR-TPPE)と呼ばれる実験技術を用いた測定だった。
この効率向上のメカニズムを解明するため、研究チームがTR-TPPE用いて測定を行った所、NFAにおいて電子がエネルギーを得るユニークな過程を発見した。これは、通常の半導体では見られない現象である。
Chan准教授は、この現象について「この観察は直感に反するものです。なぜなら、励起された電子は通常、熱いコーヒーが周囲に熱を失うように、環境にエネルギーを失うからです」と述べている。
研究チームは、この異常なプロセスが量子力学的な電子の振る舞いによって引き起こされていると考えている。量子力学では、励起された電子が同時に複数の分子上に現れることができる。この「量子の奇妙さ」が、すべての物理プロセスは全エントロピー(しばしば「無秩序」と呼ばれる)の増加につながるという熱力学第二法則と組み合わさり、通常とは逆向きのエネルギー獲得プロセスを生み出している。
研究チームのKushal Rijal氏は次のように説明する。「ほとんどの場合、熱い物体は冷たい周囲に熱を伝達します。これは熱伝達が全エントロピーの増加につながるためです。しかし、私たちは特定のナノスケール構造に配置された有機分子において、全エントロピーを増加させるために熱の流れの典型的な方向が逆転することを発見しました。この逆向きの熱流により、中性の励起子が環境から熱を得て、正と負の電荷の対に解離します。これらの自由電荷が電流を生み出すのです」。
この研究成果は、より効率の高い太陽電池の製造に応用できるだけでなく、太陽光を利用して二酸化炭素を有機燃料に変換する光化学プロセスである太陽燃料生産用の光触媒の設計にも役立つ可能性がある。
更にこれらの発見は、有機半導体を用いた次世代ソーラーパネルの実用化に向けた大きな一歩となり、クリーンエネルギーの未来に新たな可能性を開くものである。低コストで環境に優しい有機太陽電池の効率向上は、持続可能なエネルギー生産の実現に大きく貢献すると期待されている。
論文
- Advanced Materials: Endothermic Charge Separation Occurs Spontaneously in Non-Fullerene Acceptor/Polymer Bulk Heterojunction
参考文献
- University of Kansas: Researchers show promising material for solar energy gets its curious boost from entropy
研究の要旨
非フラーレンアクセプター(NFA)を用いた有機太陽光発電(OPV)は、20%近い電力変換効率を達成している。 これらのNFA OPVは、ドナー/アクセプター界面におけるエネルギー準位のオフセットが非常に小さいにもかかわらず、自由キャリアを効率的に生成することができる。 なぜこれらのNFAが低エネルギー損失で効率的な電荷分離(CS)を可能にするのかは、未解決のままである。 ここでは、PM6:Y6バルクヘテロ接合におけるCSプロセスを、時間分解2光子光電子分光法によって調べた。 その結果、結合した電荷移動励起子(CT)から自由キャリアへの変換であるCSは、0.15eVのエンタルピー障壁を持つ吸熱過程であることがわかった。 吸熱過程であるにもかかわらず、CSは自発的に起こりうる。このことは、CSがエントロピーによって駆動されていることを示唆している。 さらに、PM6:Y6膜の形態と非等方的な電子非局在化により、CT励起子内の電子と正孔の波動関数が制限され、主に点状の接合を通して互いに接触することができると論じている。 この構成はエントロピー駆動力を最大化することができる。
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