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光を”ねじる”画期的な技術が、有機ELなどの電子機器に革命をもたらす可能性

2025年3月17日

ケンブリッジ大学とアイントホーフェン工科大学の研究チームは、電子を螺旋状に移動させることができる革新的な有機半導体の開発に成功した。『Science』誌に発表されたこの成果は、OLEDディスプレイの効率向上や量子コンピューティング、スピントロニクスなど次世代電子技術の発展に貢献する可能性がある。

自然界の左右非対称性を電子工学に応用

研究チームは長年の課題であった「キラリティ(左右非対称性)」を持つ有機半導体の開発に成功した。キラリティとは、鏡に映した像が元の物体と重ね合わせることができない性質を指し、人間の左右の手のように、見かけは似ているが完全に同じではない構造を持つことを意味する。自然界に存在する多くの分子、特にDNAなどの生体分子はこのような左手型や右手型といった非対称な構造を持っている。

従来のシリコンなどの無機半導体は対称的な内部構造を持ち、電子は特定の方向性なく移動する。これに対し、今回開発された有機半導体は、半導体分子のスタックが左右どちらかのらせん状の柱を形成するよう設計されており、電子がらせん軌道を描いて移動するよう強制する。

「有機半導体の研究を始めた当初、多くの人がその可能性に疑問を持っていましたが、今ではディスプレイ技術を支配しています」とケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所のRichard Friend教授は述べている。「硬い無機半導体と異なり、分子材料は信じられないほどの柔軟性を提供し、キラルLEDのような全く新しい構造を設計できるのです。あらゆる形のレゴブロックで作業するようなものであり、単なる長方形のブロックだけではないのです」。

トリアザトルキセンによる電子の螺旋運動と円偏光の生成

開発された半導体はトリアザトルキセン(TAT)と呼ばれる物質に基づいている。TATは自然にらせん状のスタックに自己組織化し、電子がねじの糸のように螺旋状に移動できる構造を形成する。

この構造が特別なのは、電子が移動する際に特定の「回転」を伴うことだ。通常の光は様々な方向に振動しているが、このTAT構造を通過した電子が放出する光は円を描くように振動する「円偏光」となる。これは丁度、らせん階段を下りながらボールを投げると、ボールにスピンがかかるのと似たメカニズムだ。

「青色や紫外線を受けると、自己組織化したTATは強い円偏光を持つ明るい緑色光を放出します。これは半導体ではこれまで達成が困難だった効果です」とアイントホーフェン工科大学のMarco Preuss氏は説明する。「TATの構造により、電子が効率的に移動すると同時に、光の放出方法に影響を与えることができるのです」。

研究チームはOLED製造技術を変更し、TATを機能的な円偏光OLED(CP-OLED)に統合することに成功した。これらのデバイスは効率、明るさ、偏光レベルにおいて記録的な数値を達成し、同種のデバイスとしては最高性能を示した。

「基本的に、スマートフォンなどに使われるOLEDを作る標準的なレシピを改良し、安定した非結晶化マトリックス内にキラル構造を閉じ込めることができました」とケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所のRituparno Chowdhury氏は述べている。「これにより、長い間この分野で達成が難しかった円偏光LEDを作る実用的な方法が提供されました」。

ディスプレイ技術から量子コンピューティングまで広がる応用可能性

この研究の成果は、ディスプレイ技術に大きな変革をもたらす可能性がある。現在のディスプレイは、スクリーンが光をフィルタリングする方法により、大量のエネルギーを無駄にしている。一般的なディスプレイでは、バックライトが発する無秩序な光を偏光フィルターで整えるため、エネルギーの大部分が失われる。研究チームが開発したキラル半導体は最初から特定の偏光を持つ光を放出するため、これらのエネルギー損失を減少させ、より明るく、エネルギー効率の高いスクリーンを実現できる可能性がある。

また、この技術は量子コンピューティングやスピントロニクスの分野にも重要な意味を持つ。スピントロニクスは電子のスピン(固有の角運動量)を利用して情報を保存・処理する研究分野であり、より高速で安全なコンピューティングシステムの実現につながる可能性がある。電子の「スピン」と「軌道」の両方を制御できることは、情報処理の新しい次元を開く可能性を秘めている。

「これはキラル半導体の製造における真のブレークスルーです」とアイントホーフェン工科大学のBert Meijer教授は語る。「分子構造を慎重に設計することで、構造のキラリティと電子の動きを結びつけることができました。これはこのレベルで以前には成し遂げられなかったことです」。

この研究は、フレンド教授の研究グループとアイントホーフェン工科大学のMeijer教授の研究グループによる数十年に及ぶ共同研究の成果である。この有機半導体の研究は、現在600億ドル以上の価値を持つ産業を支える有機半導体の世界において大きな一歩前進を示している。ディスプレイ技術を超えて、この開発は量子コンピューティングや情報処理の未来にも影響を与える可能性を秘めている。


論文

参考文献

研究の要旨

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