SpaceX社の超大型ロケット「Starship」が、2024年1月16日の第7回テスト飛行において打ち上げ約8.5分後に爆発、機体の破片がカリブ海上空から落下する事態となった。今回の失敗は、NASAの月面着陸計画に影響を及ぼす可能性がある重大な後退となった。
事故発生までの経緯と詳細
打ち上げは、テキサス湾岸に位置するSpaceXの発射施設「スターベース」から、現地時間2024年1月16日午後4時37分に開始された。全長404フィート(約123.1メートル)という巨大なStarshipは、アポロ計画で使用されたサターンVロケットの2倍以上の推進力を持つ33基のRaptorエンジンの轟音とともに、打ち上げ台を離れた。
第一段のSuper Heavyブースターは、打ち上げから2分30秒以上にわたってメタン燃料を消費しながら、Starshipを宇宙の縁まで押し上げ続けた。その後、計画通りにエンジンを停止。続いてStarship上段の6基のRaptorエンジンが点火し、両機体は予定された通りに分離された。Super Heavyブースターは見事な制御飛行を見せ、発射台に設置された2本の機械式アーム(通称「メカジラ」)による空中捕捉に成功。これは2024年10月以来の快挙となり、SpaceXが目指す完全再使用型ロケットの実現に向けた重要な一歩となった。
一方、上段のStarshipは当初、正常な飛行を続けているように見えた。しかし、打ち上げから7分を過ぎた頃、SpaceXのウェブキャスト上のテレメトリー表示に異変が表れ始めた。搭載された6基のエンジンのうち1基が停止、その後さらに複数のエンジンが失われていった。約8分30秒が経過した時点で、高度約91マイル(約146キロメートル)、速度約13,246 mph(時速21,317キロメートル)を記録した後、地上管制との通信が途絶えた。
SpaceXの発表によれば、機体後部で火災が発生し、急速な「計画外分解」(Rapid Unscheduled Disassembly)に至ったとされる。この「計画外分解」というのは、SpaceX社特有の表現で、実質的には機体の爆発を意味する。破壊の瞬間、Starshipは予定された飛行経路を大きく外れていた。本来であれば1時間以上かけて地球を半周し、インド洋に着水する計画であった。
First night in Turks and Caicos and we’re on the beach and see this.
— KingDomRedux (@KingDomRedux) January 16, 2025
👀 pic.twitter.com/CDPlLd70Yn
今回飛行したのは、より大容量の推進剤タンク、新型の航空電子システム、そして再設計された推進剤供給ラインを備えた新型「Version 2」(Block 2)と呼ばれる改良型Starshipの初飛行であった。Elon Musk CEOは事故後、エンジンのファイアウォール上部の空洞における推進剤漏れが事故の原因である可能性を指摘。この部分での漏れにより、機体の排出能力を超える圧力が発生したと説明している。
事故の痕跡は夕暮れ時の空に劇的な光景を残した。カリブ海地域の住民や観光客らが、空から降り注ぐ無数の発光する破片を撮影。多くの目撃者は当初、流星群と勘違いするほどの壮観な光景であったと報告している。この破片の落下は広範囲に及び、タークス・カイコス諸島、ハイチ、ドミニカ共和国、プエルトリコの上空で確認された。幸いにも、今回の飛行には人員や衛星は搭載されておらず、破片による人的被害も報告されていない。
広範な影響と対応
Starshipの空中分解は、カリブ海地域の航空交通に大きな混乱をもたらした。連邦航空局(FAA)は事故発生後、タークス・カイコス諸島、ドミニカ共和国、プエルトリコを結ぶ広大な空域を「デブリ対応エリア」として緊急指定。この措置は、宇宙機の異常事態により予定された危険区域外に破片が落下する可能性が生じた場合に発動される特別な安全対策である。
この緊急措置により、カリブ海地域の空の大動脈は一時的に遮断された。マイアミ国際空港やフォートローダーデール国際空港など、カリブ海方面への主要なハブ空港では、FAAのWebサイトによれば「ロケット打ち上げの異常」を理由とする運航遅延が発生。多くの旅客機が空中待機を強いられ、一部の便は出発地への引き返しや代替空港への着陸を余儀なくされた。
サンフアン(プエルトリコ)の航空管制との交信記録からは、燃料残量に不安を抱える航空機からの切迫した要請も確認された。「待機をどれくらい続ける必要があるのか?私たちには余裕のある燃料がないんです」というパイロットの声は、事態の深刻さを物語っている。空域の閉鎖は1時間以上に及び、フライトレーダー24の記録によれば、影響を受けた航空機の数は相当数に上った。
一方、SpaceX社の対応も迅速であった。事故発生から数時間以内に公式Webサイトで状況説明を発表し、事故原因の特定作業に着手したことを明らかにした。Elon Musk CEOは自身のSNSプラットフォームを通じて、事故原因について技術的な分析を共有。エンジン区画上部での推進剤漏れという具体的な可能性を指摘し、次回打ち上げに向けた改善策として、漏れの二重チェック体制の確立、消火システムの追加、排出エリアの拡大などを提案した。
FAAは事故を受けて、商業宇宙飛行における公共の安全を確保する責任機関として、正式な事故調査の開始を表明。SpaceXに対して、事故原因の特定と是正措置の実施を求めている。これは昨年7月のFalcon 9ロケット事故の際にも実施された標準的な手順である。調査期間中、Starshipの打ち上げは一時的に停止される可能性もあるが、SpaceX社は既に次回の打ち上げを来月に予定していると発表している。
特筆すべきは、今回の事故による破片の落下が、人口密集地域の上空で発生したという点である。タークス・カイコス諸島の住民や観光客らが撮影した映像には、まるで流星群のような光景が記録されている。ある映像では「あれは流れ星?」という声も聞かれ、多くの目撃者が当初、この異常な光景の正体を理解できていなかった様子が窺える。幸いにも、破片による人的被害や深刻な物的被害は報告されていないものの、この事態は商業宇宙飛行における安全管理の重要性を改めて浮き彫りにした。
Just saw the most insane #spacedebris #meteorshower right now in Turks and Caicos @elonmusk what is it?? pic.twitter.com/a7f4MbEB8Q
— Dean Olson (@deankolson87) January 16, 2025
この事故を受けて、宇宙開発における安全性と商業活動のバランスについて、業界内外で議論が巻き起こっている。特に、実験段階にある大型ロケットの打ち上げ時における安全域の設定や、緊急時の対応プロトコルの見直しなど、より包括的な安全対策の必要性が指摘されている。
今後の展望と課題
SpaceXが直面する最大の技術的課題は、Starshipの熱防護システムの完全性確保である。Elon Musk CEOは、大気圏再突入時に摂氏1,430度(華氏2,600度)に達する極限環境に耐えうる熱防護システムの開発が、プログラム全体で最も困難な課題であると指摘している。過去の試験飛行では、機体の表面を覆うセラミック製タイルが大気圏再突入時に剥離する現象が確認されており、今回の飛行では新たに開発された複数の金属製タイルオプションや、能動冷却システムを備えたタイルの実証試験も予定されていた。
NASAのアルテミス計画における月面着陸船としての役割も、重要な課題となっている。現在の公式スケジュールでは、2027年に月の南極での有人着陸を目指しているが、この計画はStarshipの人員輸送能力の実証、新型宇宙服の開発、そしてSpace Launch System(SLS)ロケットとオリオン宇宙船の準備状況に大きく依存している。特に軌道上での燃料補給という、まだ実証されていない技術の確立が不可欠とされる。
政治的な環境変化も、プログラムの進展に影響を与える可能性がある。新政権下では、Artemis計画のアーキテクチャー全体が再評価される見通しで、より迅速かつ低コストでの月面帰還を目指す方針が示唆されている。この中で、SpaceXのStarshipや他の商業ロケットが、より重要な役割を担う可能性も指摘されている。
SpaceXは2025年中に最大25回のテスト飛行を計画しており、軌道からのStarship回収や、軌道上での燃料補給などの重要な技術実証を予定している。既に複数のStarshipとSuper Heavyブースターが、テキサス州ブラウンズビル近郊のスターベース発射施設で次回の試験飛行に向けた準備を進めている。しかし、宇宙開発における経験則として、スケジュールの遅延は避けられない現実でもある。
技術的な課題に加えて、規制環境への対応も重要な焦点となっている。FAAによる事故調査の結果次第では、Starshipの地上配備が一時的に停止される可能性もある。これは、2023年に発生したFalcon 9ロケットの事故後にも実施された措置である。しかし、SpaceXの迅速な問題解決能力と、「構築、試験、破壊、修正」という反復的な開発アプローチは、業界内で高く評価されている。
より長期的な視点では、SpaceXはStarshipを完全再使用型のロケットとして確立し、一回の打ち上げで100メートルトン(22万ポンド)以上の貨物を低軌道に輸送することを目指している。さらに、将来的には月や火星への有人輸送にも対応できるよう、機体の改良を進めている。Musk CEOが掲げる火星での人類居住地建設というビジョンにおいて、Starshipは中核的な役割を担うことが期待されている。
業界専門家からは、今回の事故を受けて、宇宙開発における商業化の在り方や安全基準の見直しを求める声も上がっている。特に、実験段階にある大型ロケットの打ち上げにおける安全管理体制の強化や、緊急時の対応プロトコルの整備など、より包括的な安全対策の必要性が指摘されている。一方で、宇宙開発の進展には一定のリスクが伴うことも事実であり、イノベーションの推進と安全性確保のバランスをいかに取るかが、今後の重要な課題となっている。
Sources
- aaa
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