反物質研究で大きな進展が見られた。物理学者たちが、これまでで最も重い反物質の原子核の生成に成功したことが報告されている。「反ハイパー水素4(antihyperhydrogen-4)」と名付けられたこの新粒子は、物質と反物質の謎に迫る重要な手がかりとなる可能性を秘めている。この画期的な成果は、宇宙の根本的な疑問に光を当てる大きな一歩となるかもしれない。
反ハイパー水素4の発見の大きな意義
米国のブルックヘブン国立研究所にある相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC)において、STAR実験チームの物理学者たちが、この驚くべき反物質粒子の生成に成功した。中国科学院近代物理研究所(IMP)の研究者らが主導したこの研究成果は、2024年8月21日に科学誌『Nature』に掲載された。
反ハイパー水素4は、1個の反陽子、2個の反中性子、そして1個の反ラムダ粒子(特定の反ハイペロン)から構成されている。この複雑な構造が、この粒子を特別なものにしている。通常の原子核は陽子と中性子から成るが、この反物質粒子にはストレンジクォークを含む反ハイペロンが含まれており、より複雑で珍しい構造となっている。
反物質生成の難しさ
現在の物質優位の世界では、反物質は周囲の物質と容易に対消滅してしまうため、極めて稀である。複数の反バリオンが結合して形成される反物質核や反物質ハイパー核の生成はさらに困難だ。1928年にディラック方程式が反物質の存在を示唆して以来、科学者たちはほぼ1世紀にわたって研究を続けてきたが、これまでに発見された反物質(ハイパー)核の種類はわずか6種類にすぎない。
IMPのQiu Hao教授は次のように述べている。
「宇宙における物質と反物質の量の違いは何が原因なのか?この問いに答えるための重要なアプローチの1つが、実験室で新しい反物質を作り出し、その性質を研究することです」。
RHICにおける反物質生成プロセス
RHICでは、重イオンビームを光速近くまで加速させて衝突させることで、初期宇宙の条件を再現している。この衝突により生じる火の玉は数兆度の温度に達し、ほぼ同量の物質と反物質を含んでいる。火の玉が急速に膨張・冷却する過程で、一部の反物質が物質との対消滅を免れ、STAR検出器によって検出される。
研究チームは約66億回の重イオン衝突イベントのデータを分析し、反ハイパー水素4の崩壊生成物である反ヘリウム4とπ+中間子を再構成することで、約16個の反ハイパー水素4の信号を同定した。
反ハイパー水素4の寿命は非常に短く、わずか数センチメートル進んだだけで崩壊してしまう。しかし、研究者たちはその寿命を測定し、対応する粒子であるハイパー水素4との間に有意な差がないことを確認した。これは、物質と反物質の性質の対称性をさらに裏付ける重要な発見である。
STAR実験の共同スポークスパーソンの一人であるBrookhaven Lab物理学者のLijuan Ruan氏は次のように述べている「これら4つの構成粒子がRHICの衝突から十分近くに出現し、この反ハイパー核を形成できるのは、偶然によるものです」。
宇宙の謎に迫る
現在の物理学の最良のモデルによれば、ビッグバンの際に物質と反物質が同量生成されたはずだが、もしそうであれば、絶え間ない対消滅によって宇宙は今頃空っぽになっているはずだ。しかし、明らかにそうはなっていない。つまり、物質が反物質よりもわずかに多く生成される何らかの不均衡が存在したはずだ。物質と反物質の違いを研究することで、この不均衡の原因を突き止められる可能性がある。
この発見は、反物質研究の新たな地平を切り開くものであり、物質と反物質の対称性の理解を深める上で重要な意味を持つ。さらに、宇宙における物質優位の謎を解く鍵となる可能性もある。
研究の次のステップとして、これらの粒子と反粒子の質量の違いを調べることが計画されている。これにより、標準モデルを超える物理学の手がかりが得られる可能性がある。
IMPのQiu Hao教授の言葉を借りれば、「物質・反物質の非対称性を研究するための第一歩は、新しい反物質粒子を発見すること」なのだ。
今後の研究の進展が、物理学の根本的な問いに答えをもたらし、宇宙の成り立ちに関する我々の理解を大きく前進させる可能性がある。反ハイパー水素4の発見は、その道筋を開く重要な一歩となったのである。
論文
参考文献
- Brookhaven National Laboratories: New Heaviest Exotic Antimatter Nucleus
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