ダークマター探索の最前線で、世界最高感度を誇るダークマター探索装置LUX-ZEPLIN(LZ)が画期的な成果を上げた。世界最高感度のダークマター検出器が、弱い相互作用をする重い粒子(WIMP)の存在範囲をこれまでにない精度で絞り込むことに成功し、宇宙の謎に迫る重要な一歩を踏み出した。この成果は、宇宙の質量の約85%を占めるとされる不可視の物質、ダークマターの正体解明に向けた大きな前進となる。
LUX-ZEPLIN実験がWIMP探索に新境地を開拓
LZ実験は、米国エネルギー省ローレンス・バークレー国立研究所(Berkeley Lab)が主導する国際共同プロジェクトだ。サウスダコタ州のサンフォード地下研究施設にある地下約1.6kmの洞窟に設置された検出器は、10トンもの液体キセノンを用いて、これまでにない高感度でダークマター粒子の探索を行っている。この深さは、宇宙線からの干渉を大幅に減少させ、より精密な測定を可能にしている。
実験の焦点となったのは、ダークマターの有力候補とされる「弱い相互作用をする重い粒子(WIMP)」だ。WIMPは、通常の物質とほとんど相互作用しないため、その検出は極めて困難とされてきた。しかし、LZ実験は、この困難な課題に挑戦し、驚くべき結果を導き出した。
最新の結果は、2023年3月から2024年4月までの220日間のデータと、以前の60日間のデータを合わせた280日分の解析に基づいている。LZ実験のスポークスパーソンであるユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のChamkaur Ghag教授は、この成果について次のように述べている。
「これらは、ダークマターとWIMPに関する新たな世界最高の制約であり、かなりの差をつけています。検出器と分析技術は、私たちが期待していた以上に優れた性能を発揮しています。もしWIMPが我々が探索した領域内にあったなら、我々はそれについて確実に何かを言えたはずです。より低いエネルギーを探索し、この実験の寿命の大部分を蓄積するにつれて、WIMPがそこにあるかどうかを見る感度とツールがあることを我々は知っています」。
LZ実験は、9GeV/c²以上の質量を持つWIMPの存在を否定する結果を得た。これは、陽子の質量がおよそ1GeV/c²であることを考えると、非常に広範囲にわたる探索を行ったことを示している。この結果は、WIMPの性質に関する理論モデルに新たな制約を加え、ダークマター粒子の特性をより明確に絞り込むことに成功した。
実験の成功の鍵は、バックグラウンドノイズの徹底的な排除にある。地下深くに設置されることで宇宙線を遮蔽し、超清浄で低放射線の部品を使用することで自然放射線を低減している。さらに、検出器は「タマネギ」のような層構造を持ち、外部からの放射線を遮断すると同時に、粒子の相互作用を追跡してダークマターの偽のシグナルを排除している。
LZ実験の核心部分では、10トンの液体キセノンを使用してダークマター粒子との相互作用を探っている。WIMP粒子がキセノン原子核と衝突すると、ビリヤードのキューボールのように原子核が動き、その際に発生する光と電子を捉えることでWIMPの信号を検出する仕組みだ。この方法により、極めて微弱な相互作用でも検出可能となっている。
今回の実験では、「ソルティング」と呼ばれる新しい技術も導入された。これは、データ収集中に偽のWIMP信号を加え、最終段階まで本物のデータを隠蔽する手法である。この技術により、研究者の無意識のバイアスを避け、より客観的な分析が可能となった。
今回の結果は、WIMPの存在範囲を大幅に狭めただけでなく、他の興味深い物理現象の探索にも道を開いた。キセノン原子の稀な崩壊、ニュートリノを放出しない二重ベータ崩壊、太陽からのホウ素8ニュートリノなど、標準模型を超える物理学の探索も可能になっている。これらの現象の研究は、素粒子物理学の新たな地平を切り開く可能性を秘めている。
LZ実験は2028年まで継続される予定で、最終的には1000日分のデータを収集する計画だ。さらなるデータ解析と新しい分析技術の適用により、より低質量のダークマターの探索も視野に入れている。この長期的な取り組みにより、ダークマターの性質についてより詳細な知見が得られることが期待されている。
LZ実験の物理コーディネーターを務めるミシガン大学のScott Haselschwardt助教授は、この研究の意義をさらに掘り下げて説明する。「我々は、これまで誰も探索したことのない領域にダークマターの境界を押し広げています」と述べ、新たな科学的領域に踏み込む際の慎重さと重要性を強調した。
ダークマターの正体解明は、現代物理学最大の謎の一つである。LZ実験の成果は、この謎に迫る重要な一歩となった。今後の研究の進展が、宇宙の構造と進化の理解に大きな影響を与えることが期待される。さらに、この研究は、私たちの宇宙観を根本から変える可能性を秘めており、物理学の新たなパラダイムシフトをもたらす可能性がある。
(Credit: Matthew Kapust/Sanford Underground Research Facility)
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