日本の送電網が新たな空の道として生まれ変わろうとしている。経済産業省が推進する「デジタルライフライン全国総合整備計画」の一環として、東京電力パワーグリッドやJR東日本などが2024年度から送電線上空を「ドローン航路」として本格活用する計画が明らかになった。
ドローン航路とは
ドローン航路とは、ドローンの安全な飛行のために最適化された「空の道」である。従来、ドローンを飛ばす際には、運航事業者が個別に飛行ルートを設定し、地上の関係者との調整や安全確認を行う必要があった。これに対しドローン航路では、事前に安全性が確認され、関係者との調整が完了した空間として整備される。
具体的には、地上および上空の制約要因に基づいて立体的に区画された空間であり、ドローンが落下した場合でも、航路運営者が予め指定した範囲内に収まるよう設計される。また、気象情報や電波状況などの飛行に必要な情報が一元管理され、複数の運航事業者が共同で利用できる社会インフラとして機能する。
ドローン航路が実現する新しいインフラの形
経済産業省が構想するドローン航路は、従来の個別企業による運用形態を大きく転換し、社会インフラとしての新たな可能性を示している。
最も革新的な点は、鉄道システムをモデルとした「線路と駅」の概念を空の移動に応用する発想だ。ドローン航路を「線路」として捉え、複数の事業者が共同で利用可能なインフラとして整備する。この空の道には、事前に安全性が確認され、関係者との調整が完了したルートが設定される。
「駅」に相当する離着陸場は「モビリティ・ハブ」として再定義される。これは単なる離着陸地点ではなく、気象情報の収集や通信環境の提供、さらには充電やバッテリー交換など、複合的な機能を備えた拠点として構想されている。特筆すべきは、新規施設の建設を最小限に抑え、既存の公共施設や電力インフラを活用する現実的なアプローチを採用している点だ。
安全性の確保においては、重層的なアプローチが採用されている。ドローン航路運営者が一括して安全管理措置を実施し、航路内での運航を常時モニタリングする。さらに、UTM(無人航空機運航管理システム)との連携により、他の航空機との干渉を回避する仕組みも整備される。
経済性の観点では、「協調領域」と「競争領域」を明確に区分する新しいビジネスモデルが提案されている。従来は各企業が個別に負担していた航路の安全確保や関係者との調整といったコストを、共通インフラとして整備することで大幅な効率化を図る。
送電網を活用した新航路システムの概要
日本の電力会社が保有する送配電網は、送電線約8.8万キロメートル、配電線約129万キロメートルに及び、この既存インフラを活用した新たな航路システムの構築が始まろうとしているのだ。このシステムの開発・運営を担うのは、グリッドスカイウェイ有限責任事業組合で、2025年3月までに運航管理システムの商用販売を開始する。同組合には送配電大手9社、JR東日本、日立製作所などが参画しており、定額課金型のサービスとして収益化を目指している。
第一弾の実装となる埼玉県秩父市では、2024年度中に約150キロメートルの航路整備が行われる。当初は電力インフラの点検業務から開始し、作業員による目視点検作業をドローンへと段階的に移行する計画だ。
並行して、静岡県浜松市の天竜川水系では、約180キロメートルにおよぶドローン航路の整備が進められる。この地域では「マルチパーパス運航」という新しい運用コンセプトが導入される。具体的には、医薬品配送サービスを主軸としながら、その飛行時に撮影したデータを河川巡視や点検にも活用する複合的な運用が検討されている。特筆すべきは、オンライン診療やオンライン服薬指導と組み合わせた包括的な医療サービスの提供だ。
この送電網を活用したドローン航路は、世界的にも珍しい取り組みとされる。国土が狭く山間部の多い日本では、位置データが整備され、周辺の飛行物が少ない送電網が、効率的な航路として注目された。航路の設計では、送電線や樹木との安全距離を確保し、運行管理者による常時遠隔監視体制を構築する。2027年度までには、主に山間部や田畑などの無人地帯を中心に、全国で1万キロメートル以上への拡大を目指す。
社会実装に向けた規制緩和とビジネスモデル
ドローン航路の実用化を後押しする重要な転機となったのが、2023年12月の航空法における規制緩和だ。新設された「レベル3.5」飛行では、操縦ライセンスの保有と保険加入を条件に、これまで高いハードルとされてきた目視外での道路や鉄道の横断が可能となった。特筆すべきは、機上カメラによる歩行者等の確認で補助者の配置や看板による周知といった従来の立入管理措置が不要となった点で、これにより運用コストの大幅な削減が見込める。
この規制緩和を活用し、ドローン航路運営者は3層構造のサービスモデルを展開する。まず基盤となるのが、地上関係者との調整や周知を一元化し、安全が確保された航路を提供する「航路運営サービス」だ。これまで運航事業者が個別に行っていた関係者との調整を、航路運営者が包括的に実施することで、運航事業者の負担を軽減する。
第二の層として、ドローン航路システムを用いた運航支援がある。システムは航路からの逸脱を監視し、必要に応じて警告を発するほか、気象条件や他機との競合など、運航に影響を与える様々な要素を一元管理する。特に注目すべきは、複数の運航事業者による同一航路の共同利用を可能にする予約管理機能で、これにより航路の利用効率を最大化できる。
さらに三つ目の層として、離着陸場や機体などのリソースシェアリングサービスを提供する。例えば浜松市の実装では、春野支所や天竜壬生ホールなどの公共施設を「モビリティ・ハブ」として活用し、複数の運航事業者による共同利用を可能にする計画だ。
Xenospectrum’s Take
送電網を活用したドローン航路の構築は、日本固有の地理的制約を逆手に取った賢明な戦略と言える。インプレス総合研究所によると、日本のドローンサービス市場は2028年度に5154億円と、2023年度比で2.5倍に成長する見通しだが、本質的な価値は「協調領域」の設定にある。各社が個別に構築していた運航インフラを共通化することで、産業全体の効率性を高める効果が期待できる。
一方で、航路運営者の責任分界点や、有事における対応体制など、整理すべき課題も残されている。特に、レベル4飛行への移行を見据えた場合、UTM(無人航空機交通管理)システムとの連携や、都市部での運用ルール整備が重要な論点となるだろう。皮肉なことに、かつて「景観を損ねる」と批判された送電網が、未来の空の道として再評価される時代が来たようだ。
Source
- 日本経済新聞:送電網上空をドローン航路に 東電やJR東、物流向け活用
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