オープンワールド型ビデオゲームで遊ぶことが、ストレス軽減や精神的健康の向上に効果があることが、英国インペリアル・カレッジ・ロンドンとオーストリアのグラーツ大学の共同研究で明らかになった。研究では、特に、プレイヤーが自分のペースで探索や活動を選択できる自由度の高いゲームプレイが、認知的なストレス解消に寄与することが確認されたとのことだ。
自由な探索がもたらす精神的効果
研究チームは精神的効果を多角的に検証するため、609名のプレイヤーを対象とした大規模な定量調査と、32名の大学院生への綿密なインタビューによる定性調査を組み合わせた混合研究法を採用した。特に『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』や『ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム』などの代表的なオープンワールドゲームを分析対象として選定し、プレイヤーの心理状態や行動パターンを詳細に分析している。
調査結果から浮かび上がってきたのは、オープンワールドゲームの特徴である「プレイヤー主導の体験」が持つ独特な心理的効果だ。プレイヤーは広大な仮想世界で自由に行動を選択できることで、現実世界のストレス要因から心理的な距離を取る「認知的な逃避」が可能になる。この認知的な逃避は、単なる現実逃避とは異なり、積極的なストレス解消メカニズムとして機能することが明らかになった。
インペリアル・カレッジ・ロンドンのAndreas B. Eisingerich氏は、オープンワールドゲームがもたらす多面的な効果について「探索による発見の喜び、スキル習得による達成感、前向きな感情の醸成、さらには人生における目的や意味の発見といった、複数の心理的便益をもたらす」と説明している。特筆すべきは、これらの効果が単発的なものではなく、持続的な精神的健康の向上につながる可能性が統計的に示されたことだ。
研究ではさらに、プレイヤーの自己決定感がストレス軽減に重要な役割を果たしていることも判明した。プレイヤーは自分のペースでゲーム内の活動を選択し、実行できることで、現実世界では得られにくい「コントロール感」を体験できる。この自己決定感は、現代社会で失われがちな自律性の欲求を満たし、それが直接的にリラックス効果をもたらすことが、定量データと質的インタビューの両面から実証された。
このような効果は、特に大学院生などの高ストレス環境下にある若年層において顕著に表れることが確認されており、研究チームは今後、より幅広い年齢層や異なる社会的背景を持つ集団での検証の必要性を指摘している。
競争型ゲームとの明確な違い
研究チームは、『フォートナイト』に代表される競争型ゲームとオープンワールドゲームの比較分析を通じて、両者が持つ本質的な差異とその心理的影響を明らかにした。競争型ゲームは明確な目標設定と定められた達成経路に基づいて設計されており、プレイヤーは常に勝利や達成を意識した緊張状態に置かれる傾向がある。この緊張と興奮を基調としたゲームデザインは、確かに強い没入感をもたらすものの、必ずしもストレス解消には結びつかないことが示唆された。
一方、『マインクラフト』や『The Elder Scrolls V: Skyrim』、『レッドデッドリデンプション2』といったオープンワールドゲームでは、プレイヤーは自身の興味や関心に応じて活動を選択できる。新しい集落の建設や野生生物の調教、未知の領域の探索など、ゲーム内での目標設定そのものがプレイヤーに委ねられている点が特徴的だ。この自己決定型のプレイスタイルは、ゲーム世界との深い結びつきを醸成し、より自然な形での没入感を生み出すことが確認された。
研究では特に、自己決定理論に基づく分析が行われ、オープンワールドゲームが提供する自律性、有能感、関係性という三つの基本的な心理的欲求の充足が、精神的健康に重要な役割を果たしていることが明らかになった。プレイヤーは自分のペースでゲーム世界を探索し、徐々に習熟度を高めていくことで、競争的なプレッシャーを感じることなく有能感を得られる。また、ゲーム内での自由な活動を通じて、現実世界では得られにくい達成感や満足感を経験できることも、重要な特徴として挙げられている。
さらに注目すべきは、オープンワールドゲームにおける「失敗」の捉え方だ。競争型ゲームでは失敗が直接的なペナルティやゲームオーバーに結びつきやすいのに対し、オープンワールドゲームでは失敗を新たな挑戦の機会として受け止めることができる。この「失敗に対する寛容さ」が、プレイヤーの心理的安全性を高め、より深いリラックス効果をもたらすことが、インタビュー調査から明らかになった。
治療ツールとしての可能性
研究チームは、オープンワールドゲームが従来の精神健康治療に対して、新たな可能性を提供することを示唆している。特に注目すべきは、従来の治療手法と比較した際の高い費用対効果とアクセシビリティだ。伝統的な対面カウンセリングやセラピーが時間的・金銭的な制約を伴うのに対し、ゲームを通じたセルフケアは、より柔軟で持続的な支援を可能にする可能性がある。
さらに、現代社会において深刻な問題となっているソーシャルメディアの負の影響との対比も重要な論点として浮かび上がっている。研究チームは、若者の不安やうつを助長する可能性が指摘されているソーシャルメディアとは対照的に、オープンワールドゲームが積極的な精神的健康増進の手段として機能する可能性を指摘している。特に、自己決定型の遊び方が可能なオープンワールドゲームは、ソーシャルメディアで生じがちな社会的比較や承認欲求のストレスから解放された空間を提供できる。
研究では、ゲーム開発者への具体的な提言も行われている。開発者はリラックスと認知的な気分転換を促進する機能を意図的に実装することで、より効果的な治療ツールとしてのゲーム開発が可能になるという。例えば、プレイヤーの心理状態に応じた環境の提供や、ストレス軽減に効果的な活動の推奨など、治療的要素を自然な形でゲームプレイに組み込む方法が提案されている。
ただし、研究チームは現時点での限界についても言及している。現在の研究は主に自己報告データに基づいており、より客観的な効果検証のためには、生理学的指標を用いた研究の必要性を指摘している。心拍変動や皮膚電気反応、脳波といった生体データの測定を通じて、オープンワールドゲームがもたらす生理的な変化を詳細に分析することで、治療ツールとしての科学的根拠をさらに強化できると考えられている。
将来的な研究の方向性として、異なる年齢層や社会的背景を持つ集団での効果検証、長期的な影響の追跡調査、そして既存の治療法との組み合わせによる相乗効果の検証などが提案されている。特に、ストレスや不安障害の予防的介入としての可能性は、公衆衛生の観点からも注目に値する研究課題として位置づけられている。このように、オープンワールドゲームは単なる娯楽を超えて、新しい形のメンタルヘルスケアツールとして発展していく可能性を秘めているのである。
論文
- Journal of Medical Internet Research: Open-World Games’ Affordance of Cognitive Escapism, Relaxation, and Mental Well-Being Among Postgraduate Students: Mixed Methods Study
参考文献
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