タイムトラベルの実現可能性について議論が重ねられる中、過去への旅が実現したとしても、その記憶は完全に消去される可能性があるという新たな理論が提唱された。ヴァンダービルト大学の数学者Lorenzo Gavassino氏による研究は、時間的閉曲線(CTC)上での物理法則と量子力学の関係性を詳細に分析し、衝撃的な結論を導き出している。
熱力学の法則がもたらす記憶の消失
Gavassino氏の研究は、一般相対性理論で知られる時間的閉曲線(CTC)に沿って移動する場合の量子力学的な挙動を詳細に分析している。その結果、時間旅行における記憶の消失が単なる偶然ではなく、物理法則による必然的な帰結であることが明らかになった。
特に重要なのは熱力学第二法則の影響である。この法則は、孤立した系においてエントロピー(無秩序さの度合い)が時間とともに増加することを示している。たとえば、コーヒーに砂糖を入れると自然に溶けていき、その逆は自然には起こらない。これは、エントロピーが増加する方向にのみ系が進むことを示している。
しかし、CTCに沿った移動では特異な状況が発生する。時間旅行者が現在から過去へ、そして再び現在に戻ってくる際、エントロピーは最初に増加し、ピークに達した後、必然的に元の値まで減少しなければならない。これはリミットサイクルと呼ばれる数学的概念に従う循環的なプロセスである。Gavassino氏によれば、エントロピーがピークを越えて減少し始めると、記憶形成を含むすべての生物学的プロセスが逆転するという。
「これは映画で描かれるような時間旅行とは全く異なります」とGavassino氏は説明する。「旅行者が過去で何を経験したとしても、現在に戻る過程でそれらの記憶は熱力学的な必然性によって消去されます。これは脳内の記憶だけでなく、あらゆる形式の記録に適用される原理なのです」
この理論は、時間旅行におけるパラドックス、特に「祖父殺しのパラドックス」のような論理的矛盾を自然に解決する可能性を持つ。なぜなら、過去を変更したとしても、その記憶や証拠は現在に持ち帰ることができないのだ。
エントロピーと量子力学的制約
Gavassino氏の研究は、時間的閉曲線(CTC)における量子力学的な挙動を詳細に分析し、エネルギー準位の離散化という興味深い現象を明らかにした。研究によれば、CTCに沿って移動する系のエネルギー準位は、曲線の周期に応じて自然に量子化される。これは時間旅行における根本的な制約として機能する。
この量子化は、系が周期Tで元の状態に戻らなければならないという要請から生じる。具体的には、エネルギー準位は2π/Tの整数倍として現れる。たとえば、1年間の時間旅行では、最小のエネルギー間隔は約10-22電子ボルトとなる。これに対し、わずか10-15秒の短い周期では、エネルギー間隔は1電子ボルトにまで拡大する。
エントロピーの観点からみると、さらに興味深い制約が浮かび上がる。CTCに沿った移動では、系のエントロピーは最初の状態と最終状態で一致しなければならない。この過程で、エントロピーは必ずどこかでピークを迎える。Gavassino氏は、このピークを超えた後の挙動が、我々の直感的な時間の流れと逆行することを示した。
「エントロピーが最大値を超えると、すべての熱力学的プロセスが逆転します」とGavassino氏は説明する。これには記憶形成や加齢といった生物学的プロセスも含まれる。さらに重要なのは、この現象が量子力学の基本原理である固有状態熱化仮説と完全に整合することだ。
この理論は、時計の機能にも重大な影響を及ぼす。通常の時計は直線的な時間の流れを前提に設計されているため、CTCでは正確に時を刻むことができない。より根本的には、原子や分子の振動も同様の制約を受ける。これは物質の存在様式自体にも影響を与える可能性を示唆している。
時間旅行の新たな課題
Gavassino氏の研究は、時間旅行に関する従来の議論を大きく転換させる可能性を秘めている。これまで時間旅行の実現可能性は主に一般相対性理論の観点から議論されてきたが、この新研究は量子力学と熱力学の視点から、より実践的な課題を浮き彫りにした。
最も重要な発見の一つは、時間旅行における記録の保持が原理的に不可能である可能性だ。熱力学第二法則は生体システムだけでなく、機械やその他の非生物的対象にも適用される。そのため、時間旅行者が旅の途中でスマートフォンやコンピュータに保存したデータも、現在に戻る瞬間に消失すると考えられる。これは単なる技術的な制約ではなく、物理法則に基づく根本的な制約である。
さらに、時間の測定自体も深刻な課題に直面する。Gavassino氏によれば、通常の時計は直線的な時間の流れを前提に設計されているため、時間的閉曲線上では正確に機能しない。この問題は原子や分子の振動レベルにまで及び、物質の基本的な振る舞いにも影響を与える可能性がある。
研究はまた、時間旅行における「最小エントロピー事象」という興味深い概念も提示している。これは時間的閉曲線上で、システムのエントロピーが最小となる特異点的な事象を指す。この点において、我々の持つ因果関係の概念は完全に崩壊する。たとえば、この点に存在する本は誰かが書いたわけではなく、人の記憶は意味を持たない幻想となる。
これらの発見は、時間旅行の実現可能性自体を否定するものではない。しかし、たとえ技術的に実現したとしても、我々が直感的に想像するような形での過去への旅は不可能かもしれない。Gavassino氏の研究は、時間旅行に関する我々の理解を根本から見直す必要性を示唆している。
論文
- Classical and Quantum Gravity: Life on a closed timelike curve
参考文献
- Discover Magazine: Mathematician Reveals Strange New Enigmas for Time Travelers
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