ローレンスリバモア国立研究所(LLNL)が、次世代の極端紫外線(EUV)リソグラフィシステムの基盤となる革新的なレーザー技術の開発を主導している。Big Aperture Thulium(BAT)レーザーと呼ばれるこの新技術は、現行のEUVリソグラフィツールの電力効率を10倍に向上させる可能性を秘めている。
革新的なBATレーザー技術の詳細
BATレーザーの中核となるのは、チューリウムドープ型イットリウムフッ化リチウム(Tm:YLF)を利用した新しいレーザー発振技術である。Tm:YLFは新しく発見された材料ではないが、その可能性を利用するためには高度なレーザーダイオード技術が必要だった。
現行のEUVリソグラフィで使用されているCO2レーザーが10ミクロンの波長で動作するのに対し、Tm:YLFは波長1.9ミクロン付近の広いスペクトルで発光し、優れたエネルギー蓄積・抽出能力を持つフェムト秒パルスをサポートする。この波長の違いにより、スズの液滴との相互作用時にEUV光への変換効率が大幅に向上すると期待されている。
この技術の革新性は、EUVリソグラフィの基本プロセスにある。現行システムでは、直径約30マイクロメートルのスズの液滴に対して高強度レーザーパルスを照射し、約50万度の超高温プラズマを生成する。このプラズマから放射される13.5ナノメートルの極端紫外線を、特殊な多層膜ミラーで集光して半導体回路のパターンを形成している。BATレーザーは、この一連のプロセスをより効率的に実現する可能性を秘めている。
それを実現するのが、BATレーザーシステムで採用される半導体励起固体レーザー技術である。この技術は、従来のガスベースのCO2レーザーと比較して、電気効率と熱管理の面で優れた特性を示している。LLNL のレーザー物理学者 Brendan Reagan氏とプラズマ物理学者 Jackson Williams氏が共同主任研究者として率いるチームは、この新しいレーザー技術の実用化に向けて、ジュールレベルのパルスを2ミクロンの波長で生成し、スズの液滴との相互作用を詳細に研究している。
さらに、この技術開発は単なる理論研究に留まらない。LLNLのJupiter Laser Facility(JLF)で実施される一連の実験では、高繰り返しBATレーザーと、ナノ秒パルスを用いたEUV光源生成技術、そしてサブピコ秒の超短パルスを用いた高エネルギーX線や粒子源生成技術との統合を目指している。この包括的なアプローチにより、次世代リソグラフィシステムの実現に向けた重要な知見が得られると期待されている。
半導体産業への影響と開発の背景
現代の半導体製造において、EUVリソグラフィ技術は最先端チップの製造に不可欠な存在となっている。しかし、この技術が抱える最大の課題は、その莫大な電力消費にある。現行のLow-NAシステムで1,170キロワット、次世代のHigh-NAシステムでは1,400キロワットもの電力を消費する。この電力消費量は一般家庭数百軒分に相当し、半導体産業全体のサステナビリティに大きな影響を与えている。
この課題に対応するため、LLNLは米国エネルギー省科学局のマイクロエレクトロニクス科学研究センター(MSRCs)プログラムの一環として、4年間で1,200万ドルの大規模研究プロジェクトを主導している。このプロジェクトは、2022年に成立した超党派のCHIPS and Science Actに基づいて設立された3つのMSRCsの一つ、Extreme Lithography & Materials Innovation Center(ELMIC)の重要な取り組みとして位置づけられている。
現行のEUVシステムが多大な電力を消費する理由は、そのプロセスの複雑さにある。毎秒数万個のスズの液滴を50万度の高温に加熱してプラズマを生成する必要があり、これには強力なレーザーインフラストラクチャと冷却システムが必要となる。さらに、EUV光が空気に吸収されることを防ぐための真空環境の維持や、スズの液滴の生成・制御にも相当な電力を要する。加えて、EUVツールの特殊ミラーはEUV光の一部しか反射できないため、生産能力を上げるにはレーザーの出力をさらに増強する必要がある。
業界分析企業のTechInsightsが警鐘を鳴らしているように、半導体製造施設の電力消費量は2030年までに年間54,000ギガワットに達すると予測されている。これはシンガポールやギリシャの国家全体の年間電力消費量を上回る規模であり、次世代のHyper-NA EUVリソグラフィが実用化されれば、この数字はさらに上昇する可能性がある。
このプロジェクトには、SLAC National Accelerator Laboratory、ASML San Diego、オランダのAdvanced Research Center for Nanolithography(ARCNL)など、国際的な研究機関が参加している。特にASMLは現行のEUVリソグラフィ装置の主要製造企業であり、その参画は技術の実用化に向けて重要な意味を持つ。LLNLはこれまでも、多層コーティング科学技術、光学計測、光源、レーザー、高性能コンピューティングなど、半導体製造に関連する多岐にわたる研究で重要な貢献を果たしてきた。2022年12月には国立点火施設(NIF)での核融合点火という歴史的な成果も達成しており、その技術的知見は本プロジェクトにも活かされている。
この研究の成功は、半導体産業の持続可能性に大きく貢献するだけでなく、より小型で高性能なチップの製造を可能にし、人工知能、高性能スーパーコンピュータ、スマートフォンなど、現代のテクノロジーイノベーションをさらに加速させる可能性を秘めている。
Sources
- Lawrence Livermore National Laboratory: LLNL selected to lead next-gen extreme ultraviolet lithography research
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