サンフランシスコを拠点とするバイオテクノロジースタートアップRetro Biosciencesが、10億ドル(約1,500億円)規模のシリーズAラウンドを実施することが明らかになった。OpenAIのCEOであるSam Altman氏が、過去の1.8億ドルのシード投資に続いて本ラウンドにも参加する。同社は人間の健康寿命を10年延長することを目指し、AIを活用した革新的な治療法の開発を進めている。
AI活用による新薬開発の加速
Retro Biosciencesは、OpenAIと共同でGPT-4bマイクロと呼ばれる小規模言語モデルを開発した。このモデルは、山中因子として知られる4つのタンパク質の研究に特化しており、通常の皮膚細胞を幹細胞に変換する効率を50倍以上向上させることに成功している。
CEO のJoe Betts-LaCroix氏は、従来10〜15年かかるとされる新薬開発期間の大幅な短縮を目指している。「2020年代のうちに最初の治療薬を市場に出す」という目標を掲げ、Y Combinator出身の経営陣による迅速な開発アプローチを採用している。
3つの革新的治療法の開発計画
Retro Biosciencesが開発を進めているのは、以下の3つの治療法だ:
- アルツハイマー病治療薬:細胞内のリサイクル機能を回復させる経口薬。2025年にオーストラリアで初期臨床試験を開始予定。
- 脳細胞再生療法:ミクログリアと呼ばれる脳細胞を置換する治療法。Betts-LaCroix氏は「よりSFに近いが、極めて強力な手法」と説明している。
- 血液幹細胞若返り療法:85歳の患者の血液幹細胞を「年齢ゼロ」の状態に置き換えることで、全細胞の約80%を若返らせることを目指す。
これらの治療法は、いずれも従来の医学の限界に挑戦する野心的なプロジェクトだ。まず注目すべきは、アルツハイマー病に対する新しいアプローチの経口薬だろう。この治療薬は、細胞内のリサイクル機構(オートファジー)の機能を回復させることで、症状の進行を遅らせるだけの既存薬とは一線を画す。世界で5,500万人以上が苦しむアルツハイマー病に対し、細胞レベルでの機能回復という新たな可能性を提示している。2025年にはオーストラリアで初期臨床試験が開始される予定だ。
次に開発中の脳細胞再生療法は、より挑戦的な取り組みといえる。この治療法は、脳内の免疫細胞であるミクログリアを新しい細胞に置き換えることを目指している。OpenAIと共同開発したGPT-4b microを活用することで、既に細胞の再プログラミング効率を50倍以上向上させることに成功している。CEOのJoe Betts-LaCroix氏は「SFのような構想だが、極めて強力な可能性を秘めている」と述べており、アルツハイマー病患者の脳機能回復への期待が高まっている。
3つ目の血液幹細胞若返り療法は、全身の細胞若返りを目指す革新的な治療法である。患者の血液幹細胞を「年齢ゼロ」の状態に置き換えることで、全身の細胞の約80%の若返りが期待できるという。具体的には、置換された若い幹細胞が全身を循環し、新しい血液細胞を生成していく。85歳の高齢者でも治療効果が期待できるという点で、加齢に関連する様々な疾患への応用可能性を秘めている。
Retro Biosciencesの開発アプローチの特徴は、Y Combinator出身の経営陣による迅速な開発手法にある。従来10年から15年かかるとされる新薬開発の期間を大幅に短縮し、「2020年代での製品化」という明確な目標を掲げている。OpenAIとの緊密な協力関係を基盤に、データ駆動型の意思決定と柔軟な開発戦略を展開している。このアプローチは、「人間の苦痛を軽減する」というBetts-LaCroix氏の理念に基づいており、既存の治療法では対応できない深刻な疾患に対する新たな選択肢を提供することを目指している。
テクノロジー業界の長寿研究への注目
シリコンバレーの巨人たちは長寿研究に本格的な投資を始めている。Jeff Bezos氏が支援するAltos Labsは2022年に30億ドルという、バイオテクノロジー業界で過去最大規模の資金調達を実現した。Retro Biosciencesの主要投資家であるSam Altman氏は、OpenAIでの人工知能開発と並行して、バイオテクノロジー分野への投資を積極的に展開している。
Retro Biosciencesの10億ドル規模の資金調達には、従来のベンチャーキャピタルに加え、ファミリーオフィスや政府系ファンドなど、多様な投資家が関心を示している。特筆すべきは、米国の大手「ハイパースケーラー」データセンターとの協議だ。AIモデルの開発と運用には膨大な計算能力が必要となるため、このインフラ面での協力は同社の研究開発を加速させる重要な要素となる。
Betts-LaCroix氏は、競合するAltos Labsについて興味深い見解を示している。「Altos Labsには優れた研究者たちがおり、長期的な研究目標は称賛に値する」としながらも、Y Combinator出身である自身とAltman氏のアプローチの違いを強調する。Retro Biosciencesは「非常に速いペースでのアクション重視、目標中心の思考」を重視しており、この機動力の高さが同社の強みとなっている。
OpenAIとの協力関係も大きいだろう。Betts-LaCroix氏は「バイオテクノロジーをOpenAIに取り込むことには、より深い意図がある」と述べ、「人間には単独では成し得ない発見をモデルが行えるようになったとき、それは人工知能の進化における重要な一歩となる」と展望を語る。この発言は、長寿研究とAI開発という2つの先端技術領域の融合が、想像以上のブレークスルーをもたらす可能性を示唆している。
イタリアの金融家Sandro Salsano氏がパナマを拠点とするファミリーオフィスを通じて資金調達をリードし、同社の取締役会にも参画したことで、Retro Biosciencesの国際的な展開も加速すると見られる。シリコンバレーの技術革新と国際的な投資家の支援が融合することで、長寿研究は新たな段階に入ろうとしている。
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