米国著作権局(U.S. Copyright Office)は2025年1月、AIと著作権に関する包括的な報告書を公開し、AI生成コンテンツの著作権保護に関する明確な指針を示した。人間の創作的関与が著作権保護の必須条件であることを改めて確認する一方、AIを創作ツールとして活用した作品については、一定の条件下で著作権保護の対象となることを明らかにした。
人間の創作性とプロンプトの関係性を包括的に分析
報告書の核心は、著作権保護における「人間の創作性」の必要性を明確に示した点にあり、以下のような基本方針を示している:
- 純粋にAIのみによって生成されたコンテンツは著作権保護の対象とならない
- AIをツールとして使用し、人間が実質的な創作的貢献を行った作品は保護対象となりうる
- プロンプト(AIへの指示)のみでは、通常、著作権保護の要件を満たさない
- 人間によるAI生成物の選択、配置、修正が創作的である場合は保護対象となる
報告書は、1万件を超えるパブリックコメントの分析を踏まえ、著作権保護における「人間の創作性」の本質的な重要性を強調している。純粋にAIのみによって生成されたコンテンツは著作権保護の対象とならないという基本原則を示す一方で、人間がAIを創造的な表現のツールとして使用する場合については、より複雑な判断基準が必要だと指摘している。
特に注目すべきは、AIシステムへの指示(プロンプト)に関する詳細な分析だ。報告書は、現代のAIシステムにおいて、プロンプトだけでは著作権保護に必要な「十分な人間の管理」を提供できていないと結論付けている。その理由として、プロンプトの本質的な性質が挙げられる。プロンプトは基本的に「アイデアの表現」や「指示」にとどまり、著作権法が保護する創作的表現とは異なる性質を持つとされる。
さらに、AIシステムの「ブラックボックス」的な性質も重要な考慮要素となっている。同一のプロンプトから異なる出力が生成される不確実性や、AIシステムの内部処理の不透明性により、プロンプトを通じた人間の創作的管理が極めて限定的であることが指摘されている。たとえ詳細なプロンプトを作成したとしても、最終的な表現の選択と実行はAIシステムによって行われ、その過程を人間が直接的に制御することは困難だと報告書は分析している。
一方で、報告書はAIを創作のツールとして使用する場合の保護可能性も認めている。映画制作における俳優の年齢操作やオブジェクトの除去など、AIを補助的なツールとして使用する場合や、人間が作成した作品をAIで加工・修正する場合、さらにはAI生成物に対して人間が実質的な編集や改変を加える場合などについては、その創作的な貢献度に応じて著作権保護が認められる可能性があるとしている。
このような判断の背景には、1884年の画期的な判例であるBurrow-Giles Lithographic Co. v. Sarony事件が参照されている。この判例では、カメラという当時の新技術を使用した写真の著作権保護が認められ、技術的なツールの使用自体は著作権保護を否定する根拠とはならないことが示された。報告書は、この原則をAI時代に適用しつつ、人間の創作的貢献の本質を現代的な文脈で再解釈している。
実務的な判断基準の詳細な展開
報告書は、AIが関与する作品の著作権保護について、具体的な事例に基づいた実務的な判断基準を示している。特に注目すべきは、AIの使用方法による区分だ。映画制作における俳優の年齢操作やオブジェクトの除去などの「補助的な使用」については、従来の著作権保護の枠組みがそのまま適用される。これらのケースでは、AIは人間の創造的表現を実現するためのツールとして位置づけられ、最終的な創作的判断は人間が行っているためだ。
音楽制作分野での応用も具体例として挙げられている。著作権局は最近、著名なカントリーアーティストRandy Travisの新曲について、AIを活用しながらも著作権保護の対象となる判断を下した。この事例では、AIは人間の声を基にした特殊な音声モデルを生成するツールとして使用され、クリエイティブチームの芸術的なビジョンを実現するための手段として活用された。このように、AIが人間の創造的意図を実現するための道具として使用される場合、著作権保護は維持されると報告書は説明している。
さらに、AIによって生成された素材に対する人間の創造的な編集や改変についても、具体的な判断基準が示されている。注目すべき事例として「Rose Enigma」が取り上げられている。この作品では、作者が手描きのイラストをAIシステムに入力し、写実的な表現に変換する試みが行われた。著作権局は、オリジナルの手描きイラストの創造的要素が最終的な作品に明確に認識できることを理由に、その部分についての著作権保護を認めた。ただし、AIによって付加された写実的な表現や背景の光と影などの要素については、保護の対象外とされている。
また、複数のAI生成物を人間が選択・配置する形式の作品についても、その選択と配置自体に創造性が認められる場合には、編集著作物としての保護が可能であることが示されている。例えば、AI生成画像と人間が執筆したテキストを組み合わせたコミック作品について、その選択と配置に創造性が認められ、全体として著作権保護の対象となった事例が紹介されている。
これらの判断基準は、個別の事例ごとに慎重な検討が必要とされるものの、AIと著作権の関係について実務的な指針を提供するものとして、クリエイティブ産業から注目を集めている。報告書は、これらの基準が技術の進化に応じて見直される可能性にも言及しており、継続的な検討の必要性を指摘している。
報告書は、韓国、日本、中国、EU諸国などの対応も分析している。多くの国が人間の創作性を重視する米国と同様の立場をとっているが、アプローチに若干の違いがあることも指摘されている。
技術進化を見据えた将来展望
報告書は、現行の著作権法の枠組みでAI関連の著作権問題に対応可能との基本的な立場を示しながらも、技術の急速な進化に伴う新たな課題への対応の必要性を指摘している。特に注目すべきは、AIシステムの制御可能性の向上が著作権保護の判断に与える影響だ。現在のAIシステムでは、プロンプトを通じた人間の制御が限定的であることが著作権保護を否定する根拠の一つとなっているが、より精密な制御が可能となった場合、この判断基準の再考が必要となる可能性が指摘されている。
一方で、AIの自動化が進む方向性についても警戒が示されている。例えば、プロンプトの自動最適化技術の発展により、人間の関与がさらに限定される可能性も指摘されている。このような技術進化は、むしろ著作権保護の否定につながる可能性があるとの分析も示されている。
創造産業への影響も重要な検討課題として挙げられている。特に音楽業界では、すでにAI生成楽曲の急増により、人間のクリエイターへの報酬に影響が出始めているという現実が報告されている。Universal Music Groupの報告によると、推定1億7000万曲のAI生成楽曲が、人間のクリエイターへのロイヤリティを希釈化させる懸念が生じているという。
国際的な制度調和の必要性も強調されている。報告書は韓国、日本、中国、EU諸国など、主要国のアプローチを詳細に分析している。多くの国が人間の創作性を重視する点で一致を見せているものの、具体的な保護基準や制度設計には違いが見られる。例えば、英国では以前からコンピュータ生成作品に関する特別な規定が存在するが、その適用可能性については議論が続いている状況だ。
さらに、著作権保護の根本的な目的である「創造性の促進」という観点からの分析も示されている。AIによる創作物への著作権保護の拡大が、かえって人間の創造活動を抑制する可能性も指摘されている。報告書は、人間の創造性が社会にもたらす価値を重視し、その保護と促進のバランスを取ることの重要性を強調している。
このような複合的な課題に対して、著作権局は継続的なモニタリングと評価を行い、必要に応じて指針の更新を行う方針を示している。特に、技術の進化が著作権の基本原則に与える影響について、慎重な検討を続けていく必要性が強調されている。報告書は、この分野における法的枠組みが、技術の進化と社会の需要に応じて柔軟に発展していく可能性を示唆している。
Sources
- United States Copyright Office: Copyright and Artificial Intelligence [PDF]
- via TechSpot: US Copyright Office rules out copyright for AI created content without human input
コメント