テキサス州で麻疹(はしか)が流行し、2月26日にワクチン未接種の学齢期の子どもが死亡した。これは米国で2015年以来、約10年ぶりの麻疹による死亡例となる。テキサス州保健当局によると、1月下旬から始まったこの流行では、同州で124例、隣接するニューメキシコ州で9例の感染が確認されている。
麻疹流行の現状と死亡例
テキサス州ラボック市の保健当局と州保健サービス部(DSHS)は2月26日、麻疹感染により学齢期の子どもが死亡したことを確認した。テキサス工科大学健康科学センターの広報担当者Melissa Whitfield氏によると、この子どもはラボックのCovenant Children’s Hospitalに入院していたが、ワクチン未接種だった。
テキサス州保健当局の発表によれば、現在の流行は主に同州北西部のサウスプレーンズ地域で発生している。2月25日時点で、テキサス州内9郡で124例の感染が確認され、そのうち18人が入院治療を受けている。感染者の多くは17歳以下の子どもで、全124例中101例(約81%)を占める。年齢層別では、0〜4歳が39例、5〜17歳が62例、18歳以上が18例、年齢確認中が5例となっている。
隣接するニューメキシコ州でも9例の感染が報告されており、州境を越えた感染拡大が懸念されている。
流行の背景と拡大要因
今回の流行は1月下旬に、ニューメキシコ州との州境に位置するゲインズ郡で始まった。現在、同郡では80例と最も多くの症例が報告されており、次いでテリー郡の21例、ドーソン郡の7例と続いている。
特筆すべきは、ゲインズ郡はテキサス州内でワクチン接種率が最も低い地域の一つであり、昨年度の幼稚園児のワクチン接種率はわずか82%程度にとどまっている。これは感染症の拡大を防ぐために必要とされる95%の「集団免疫」の閾値を大きく下回っている。さらに、同郡では学齢期の子どもの約14%が少なくとも1つの必須ワクチンを接種していないとされる。
流行の中心となっているのは主にメノナイト(メノー派)のコミュニティである。メノナイトはキリスト教のプロテスタント系の一派で、質素な生活様式を重んじ、多くの分派では現代医学やワクチン接種に対して慎重な立場を取ることがある。彼らが仕事や礼拝、買い物などで小さな町の間を頻繁に移動することが、感染拡大の一因となっている。
テキサス州保健当局によると、感染者124人のうち、ワクチン接種済みはわずか5人(約4%)で、残りは未接種か接種状況が不明である。
麻疹の危険性と特徴
麻疹は極めて感染力が強い呼吸器感染症で、「Measles morbillivirus(麻疹ウイルス)」によって引き起こされる。感染者の咳やくしゃみを通じて空気中に放出されたウイルスは、感染者がいなくなった後も最大2時間にわたって空間内に残存する能力を持つ。
米疾病対策センター(CDC)によると、ワクチン未接種者がこのウイルスに晒されると、90%の確率で感染するとされる。麻疹の基本再生産数(一人の感染者が平均して何人に感染させるかを示す指標)は12〜18とされ、季節性インフルエンザの1〜2と比較して極めて高い。
初期症状はウイルス曝露から7〜14日後に現れ、高熱、咳、鼻水、赤く水っぽい目などが一般的である。数日後に頭部から始まり全身に広がる特徴的な赤い発疹が現れる。発疹は最初に平らな赤い斑点として現れ、後に小さな隆起が斑点の上に現れることがある。
多くの子どもは回復するものの、肺炎や失明、脳炎(脳の腫れ)など重篤な合併症を引き起こす可能性がある。これらの合併症は、5歳未満の子ども、妊婦、免疫不全者などで発生しやすい。米国では通常、感染者の約20%が入院し、5%が肺炎を発症する。1,000人あたり1〜3人の子どもが主に呼吸器または神経系の合併症により死亡するとCDCは報告している。
さらに、麻疹は「免疫記憶の喪失(immune amnesia)」という現象を引き起こす可能性がある。これは麻疹自体に対する免疫は獲得するものの、過去に遭遇した他の病原体に対する免疫が失われ、様々な疾患に対して脆弱になる現象である。このリスクは特にワクチン未接種者で顕著であるとされる。
歴史的背景と公衆衛生上の意義
米国では2000年に麻疹が「排除(eliminated)」されたと宣言された。これは国内での継続的な感染拡大が止まったことを意味するが、完全な「根絶(eradication)」ではない。「排除」は特定の地理的領域内での感染伝播が停止した状態を指し、一方「根絶」は世界中で疾病が実質的に絶滅したことを意味する。
世界の他の地域では麻疹は依然として蔓延しており、海外旅行者を通じて米国内に持ち込まれることがある。こうした輸入症例が米国内での流行の火種となることがある。
麻疹ワクチンが1963年に導入される以前は、米国内で毎年300万から400万人が感染し、48,000人が入院、1,000人が脳炎を発症、400〜500人が死亡していた。ワクチン普及による麻疹の排除は公衆衛生上の大きな勝利であったが、近年のワクチン接種率の低下により、その成果が脅かされている。
2019年には米国内で1,274例の麻疹感染が記録され、国の排除状態を失う危機に直面した。その際の流行は主にニューヨークの正統派ユダヤ人コミュニティでのワクチン未接種者間で発生した。
CDCによると、2024年には米国内で16件の麻疹流行が報告され、2023年の4件から大幅に増加している。CDCの定義では、「流行」とは3例以上の関連症例が発生した状態を指す。テキサス州保健当局は今回の流行を、同州では約30年ぶりの大規模な麻疹流行と位置づけている。
予防と対策
麻疹に対する最も効果的な予防策はMMR(麻疹・おたふく風邪・風疹)ワクチンまたはMMRV(麻疹・おたふく風邪・風疹・水痘)ワクチンの接種である。ただし、MMRVワクチンは子どもの発熱を引き起こす可能性が高いため、一般的にはMMRワクチンが推奨されている。
CDCの推奨によると、子どもは12〜15ヶ月で1回目、4〜6歳で2回目の接種を受けるべきとされる。1回の接種で約93%、2回の接種で約97%の予防効果があるとされる。十分にワクチン接種を受けた人々は、追加接種なしで生涯にわたって麻疹から保護されると考えられている。
日本では、麻疹ワクチンは通常、風疹と混合したMRワクチンとして定期接種に組み込まれています。
- 第1期接種:生後12~24か月の幼児を対象に1回接種される。
- 第2期接種:就学前(概ね5~7歳未満)の幼児に対して追加接種が行われ、長期間有効な免疫の獲得を意図している。
これらのスケジュールは、麻疹の極めて高い感染力に対抗するため、集団免疫(95%以上)が維持されることを目標としているものだ。
2010年度以降、日本では定期接種による麻疹ワクチン接種率は概ね95%以上を維持しており、長年にわたって高い水準が保たれてきたが、新型コロナウイルス感染症の影響による社会情勢の変化や接種体制の混乱などの影響で、2021年度には第1期の接種率が約93.5%に低下する事態が見られた。その後、2022年度には第1期接種率が95.4%まで回復したものの、自治体間では依然として大きなばらつきが存在している。
専門家は、麻疹に関する誤った情報がワクチン接種率低下の一因となっていると指摘する。1990年代後半に発表された後に完全に否定された論文が、MMRワクチンと自閉症との関連性を主張したが、この論文は方法に欠陥があり、データが意図的に改ざんされており、著者には明確な利益相反があったため、最終的に撤回された。
麻疹の急速な拡大は診断の遅れによっても悪化する可能性がある。ウイルスへの曝露後、症状が現れるまでに最大2週間かかることがあり、その間も感染を広げる可能性がある。
今回の流行と死亡例は、高いワクチン接種率の維持が、脆弱な人々への感染拡大を防ぐために不可欠であることを改めて浮き彫りにしたと言えるだろう。
また、海外旅行の増加に伴い、国際的に麻疹が依然として流行している国々からウイルスが輸入されるリスクが高まっている。特に、ワクチン接種体制が十分でない国や、近年接種率が低下している地域では、麻疹の流行が発生しており、そのウイルスが海外渡航者を通じて日本に持ち込まれる可能性が増えてきている。
海外旅行者の増加は、麻疹ウイルスの輸入感染リスクを高め、特にワクチン接種率にばらつきがある地域では局所的なアウトブレイクの原因となる可能性がある。日本が麻疹排除状態を維持するためには、国民全体のワクチン接種率のさらなる向上と、海外渡航前後の予防措置、迅速な感染対策の体制整備が不可欠となっている。
Sources
- Texas Department of State Health Services (DSHS): Measles Outbreak – Feb. 25, 2025
- NBC News: Measles outbreak in Texas balloons to 90 cases
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