Googleの親会社Alphabetの研究部門「X」が推進するProject Taaraは、光無線通信によるインターネット接続を可能にする革新的な技術だ。この度、同プロジェクトは、送受信装置を大幅に小型化した新たなシリコンフォトニックチップの開発に成功し、光インターネット普及への大きな一歩を踏み出した。
物理的ミラーからソフトウェア制御へ:Taaraチップの革新技術
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Taaraは、光ファイバーケーブルの敷設が困難な地域や、既存の無線通信では十分な帯域幅を確保できない状況を解決するために開発された。光無線通信技術を用いることで、最大20Gbpsの高速インターネット接続を最大20kmの距離で実現する。
従来のTaara Lightbridgeは、信号機ほどの大きさ(約75cm)の装置で、ミラーやセンサー、精密光学系を用いて光ビームを物理的に調整していた。しかし、今回発表された新しいTaaraチップは、これらの機能を爪ほどの大きさ(13mm)のシリコンフォトニックチップに集約。機械的な部品を大幅に削減し、ソフトウェア制御により、光ビームのステアリング、追跡、補正を自動で行うことを可能にした。
この革新の中核となるのは「光学位相アレイ」と呼ばれる先進システムだ。各Taaraチップには数百の微小な光エミッターが搭載されており、ソフトウェアで各エミッターの発光タイミングを制御することで、光の波面を操作し必要な方向に向けることが可能になった。
Xの研究室での実験では、2つのTaaraチップを使用して屋外の1kmの距離で10Gbps(ギガビット毎秒)のデータ送信に成功している。これはシリコンフォトニックチップがこの距離で高容量データを屋外送信した初めての事例とされる。Taaraチームは今後、チップの範囲と容量をさらに拡張するため、数千のエミッターを備えた次世代版の開発を計画している。
データ需要急増と接続インフラの限界
Taaraの開発は、世界的なデータ接続需要の急増という背景がある。ストリーミングサービスからAIアプリケーションまで、データ需要が爆発的に増加する中、既存のインフラ容量は追いつくのに苦戦している状況だ。
高速接続の金標準とされるファイバーは、コストが高く、実用性に欠け、地理的に敷設不可能な場合が多い。一方、従来の電波帯域は混雑し、利用可能な帯域幅が不足しつつあり、5G拡大やデータ需要の増加に対応することが難しくなっている。
TaaraプロジェクトのマネージャーであるMahesh Krishnaswamy氏は「現在も世界では30億人がインターネットに接続できておらず、彼らをオンラインにする切実な必要性がある」と強調する。また、Starlinkなどの衛星インターネットと比較して、特に人口密度の高い地域では「典型的なStarlinkアンテナよりも10倍、場合によっては100倍の帯域幅を、コストのごく一部で提供できる可能性がある」と主張している。
Taaraは、かつてGoogleが推進していた高高度気球によるインターネット提供プロジェクト「Project Loon」から派生した。Project Loonは2021年に終了したが、その技術の一部はTaaraに引き継がれ、より現実的な地上ソリューションとして進化を続けている。
実世界での成功事例:コンゴ川から音楽フェスティバルまで
Taaraの現行技術「Lightbridge」はすでに世界中の12カ国以上で数百のリンクが展開されており、実績を積んでいる。特に印象的な事例は、コンゴ川を挟んだブラザビルとキンシャサの接続だ。直接ファイバー接続のあるブラザビル側では安価なインターネットが利用可能だったが、対岸のキンシャサでは5倍のコストがかかっていた。Taaraの光ブリッジが5kmの川を越えて両都市を接続したことで、キンシャサ側でもほぼ同等の安価なインターネットアクセスが可能になった。
また、海底ケーブルが切断されたカリブ海の島々や、5Gサポートを待つインドの都市部など、様々な地域でTaara技術が活用されている。2024年のCoachellaミュージックフェスティバルでは、通常では過負荷になりがちな携帯ネットワークを補強するためにTaaraが使用された。さらに、GoogleはBayviewキャンパスの新しいビルにも、ファイバーケーブルの延長が困難だった場所に高速帯域幅を提供するためにこの技術を活用している。
光通信が切り開く未来:2026年製品化へ
Taaraチップを搭載した次世代製品は2026年に発売される予定だが、それまでの間に研究者やイノベーターがこの技術の新しい応用を探索できるよう招待している。
Xの「ムーンショット」責任者Astro Teller氏は、通信技術の将来についてより野心的なビジョンを持っている。Teller氏は「6Gが電波を使用する最後の世代になる可能性があり、7Gでは光が中心的要素になるだろう」と予測している。彼はTaaraチップを何千も使用したメッシュネットワークが、データセンターの構築・運用方法の再考や、自律走行車のより安全な通信など、様々な可能性を開くと考えている。
Taaraはまもなく「X」から「卒業」する予定で、Alphabetは引き続き大きな株式を保持しながらも、外部資金を導入する形で独立した事業体として運営される見込みだ。テラー氏は「多くの未知数はあるが、これがビジネスとして成功しないことに驚くだろう」と自信を示している。
国際光通信の専門家Mohamed-Slim Alouini教授はTaaraを「フェラーリ」(高速で信頼性が高いが高価)と評価している。最後に教授が研究用に購入したTaaraのセットアップは約30,000ドルだったというが、新チップによってこのコストは大幅に下がる可能性がある。
「私たちのチームは、接続性がケーブルにも費用にも束縛されない未来を思い描いています」とKrishnaswamy氏は語る。「システムのサイズと複雑さを劇的に削減することで、最終的には接続コストを大幅に削減し、業界内でネットワーク効果を生み出すことを目指しています」
Sources
- X, the moonshot factory: Introducing the Taara chip
- Wired: Google’s Taara Hopes to Usher in a New Era of Internet Powered by Light
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