人工知能(AI)の発展により、世界ではかつてないほどに計算能力の需要が急増している。だがそれは裏を返せばエネルギー需要の急増でもあり、限りある水資源への影響など、新たな環境問題の火種にもなってしまっている。そのため、テクノロジー業界ではよりエネルギー効率の高い次世代コンピューターの需要もかつてないほどに高まっているが、この度マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究チームは、2次元磁性材料の実用化におけるブレークスルーを果たした。この技術革新はまさに、次世代のエネルギー効率を実現するコンピューターの開発に繋がる画期的な物である。
エネルギー効率の高い機器の必要性
磁性材料をメモリやプロセッサに組み込むことは、従来の「CMOSを超える」コンピュータの実現に向けた有望な手段として研究が盛んに行われている。これらのシステムは、従来のトランジスタに基づくコンピュータに比べてエネルギー消費を大幅に削減できる可能性を秘めている。
トランジスタは、開閉状態を切り替えることによって2進コードの0と1を表現するために使用される。研究者によれば、磁化スイッチングはこのトランジスタのメカニズムを代替することが可能であるという。
2次元磁性材料の利点は極めて大きいが、それが現在までなし得ていないのは、もちろんそこにいくつかの障壁があるからに外ならない。まず最近まで、2次元磁性材料は超伝導体のように非常に低い温度でしか動作しなかった。そのため、動作温度を室温以上にすることまずは大きな目標であり続けてきた。さらに、コンピューターで使用するためには、磁場を必要とせずに電気的に制御できることが重要である。この基本的なギャップを埋めることで、2次元磁性材料が磁場なしに室温以上で電気的にスイッチングできるようになれば、2次元磁石を次世代の”グリーン”コンピューターへと飛躍させる可能性があるのだ。
だが、MITの研究チームはこのマイルストーンを達成した。彼らは、「ファンデルワールス原子層ヘテロ構造」デバイスを開発することで、大きなブレークスルーを果たしたのだ。このデバイスは、2次元ファンデルワールス磁石であるタングステン・ジテルライドと鉄ガリウム・テルルという2つの2次元材料を接続している。
これまで、2次元磁性材料の研究はバルク磁性材料を使用することに焦点を当ててきたが、2次元ファンデルワールス磁石と呼ばれる新しいクラスの磁性材料は、磁気デバイスのスケーラビリティとエネルギー効率を向上させ、商業的に実行可能なものにすることができる優れた特性を提供する。
さらに、このデバイスは自律的に強固な磁化切り替えを行うため、外部磁場の必要性がないというのだ。
MITメディアラボ・神経生物工学センターのAT&Tキャリア開発助教であり、ナノサイバネティック・バイオトレック研究グループのリーダーである筆頭著者Deblina Sarkar氏は、「我々のデバイスは、外部磁場を必要とせずに強固な磁化スイッチングを可能にし、ビッグデータやAI向けの超低消費電力で環境的に持続可能なコンピューティング技術に、これまでにない可能性をもたらします。さらに、我々のデバイスの原子層構造は、柔軟で透明なスピントロニクス技術だけでなく、改善されたインターフェースやゲート電圧可変性の可能性など、ユニークな機能を提供します」と、語っている。
エネルギー効率の向上
磁気メモリーとプロセッサーは、シリコンをベースとしたデバイスよりも消費エネルギーが少ない。これは、ファンデルワールス磁石自体も、バルク磁性材料と比較して優れたエネルギー効率とスケーラビリティを提供する。
磁石のスイッチングに必要な電流密度が低いことは、エネルギー効率が高いことを示している。「新しい設計は、ファンデルワールス磁性材料の中でも最も低い電流密度を実現しています。この新しい設計は、バルク材料に必要なスイッチング電流の点で一桁低くなります。これは、エネルギー効率が 2 桁ほど向上したことになります」と、筆頭著者のShivam Kajaleは言う。
研究グループは現在、同等の低対称性ファンデルワールス磁性材料を研究し、電流密度を下げる可能性を探っている。また、他の研究者と協力して、2次元磁気スイッチ・デバイスを商業規模で製造する方法を見出したいと考えている。
論文
- Science Advances: Field-free deterministic switching of all–van der Waals spin-orbit torque system above room temperature
参考文献
研究の要旨
二次元ファンデルワールス(vdW)磁性材料は、メモリや計算のための高密度でエネルギー効率の高いスピントロニクスデバイスの開発に有望である。vdW強磁性体の材料発見とスピン軌道トルク制御における最近のブレークスルーにより、vdW磁石を商業的スピントロニクス・デバイスに統合する道が開かれた。しかしながら、コンパクトで熱的に安定なスピントロニクスデバイスを構築するために不可欠な、室温での垂直磁気異方性(PMA)vdW磁石の無磁場電気制御に対する解決策はまだ見つかっていない。ここでは、PMA vdW強磁性体であるFe3GaTe2を室温以上(320Kまで)で無磁場、決定論的、かつ不揮発的にスイッチングするための解決策を報告する。我々は、2.23×106 A cm-2という低電流密度でこのようなスイッチングを可能にするために、隣接するWTe2層からの非従来型の面外反減衰トルクを利用している。この研究は、vdW強磁性体のスピン軌道トルク制御のための低対称vdW材料の有効性を例証し、スケーラブルでエネルギー効率の高い次世代のスピントロニクスデバイスのためのオールvdWソリューションを提供するものである。
コメント