米国議会で超党派の議員が、中国企業TP-Linkのネットワーク機器、特にWi-Fiルーターのサイバーセキュリティリスクについて深刻な懸念を表明し、商務省に徹底的な調査を要請した。この動きは、中国製ネットワーク機器の安全性に対する米国の警戒感が新たな段階に入ったことを示す物と言えるだろう。
TP-Link製ルーターの脆弱性を踏み台に中国政府の支援を受けたハッカーが攻撃を仕掛けている可能性
下院の「中国共産党特別委員会」を率いる委員長John Moolenaar(共和党、ミシガン州)と筆頭メンバーのRaja Krishnamoorthi(民主党、イリノイ州)は、Gina Raimondo商務長官宛てに詳細な書簡を送付した。この書簡では、TP-Linkのルーターに「異常な程度の脆弱性」が確認されていることを指摘し、同社の製品がもたらすセキュリティリスクについて、8月末までに包括的な調査結果を提出するよう求めている。
議員たちの懸念は、単なる技術的な脆弱性にとどまらない。彼らは、TP-Linkが世界最大のWi-Fi製品サプライヤーであり、2023年時点で95%のアメリカ人がSOHO(Small Office/Home Office)ルーターを使用しているという事実を重視している。さらに憂慮すべきは、これらの製品が米軍基地や軍人とその家族の間でも広く使用されている可能性があることだ。具体的には、「Army and Air Force Exchange Service」や「My Navy Exchange」のような、現役軍人、退役軍人、予備役、退役者、国防総省の文民職員とその家族向けに製品を販売する組織を通じて、これらの機器が広く流通している可能性が指摘されている。
議員たちが特に問題視しているのは、中国の法的枠組みの下でTP-Linkが中国政府に協力する義務を負っている点だ。彼らは「TP-Linkのような企業は、中華人民共和国政府にデータを提供し、国家安全保障機関の要求に従わなければならない」と述べ、この状況が米国の安全保障にとって重大な脅威となる可能性を指摘している。
この懸念は、最近の具体的な脅威事例によってさらに深刻化している。中国のAPT(Advanced Persistent Threat)グループ「Volt Typhoon」による米国の重要インフラに対するサイバー攻撃が、ホームルーターやオフィスルーターを介して行われていることが明らかになっている。2023年12月には、米司法省がVolt Typhoonによって作成されたボットネットを解体したが、このボットネットには数百台のNetGearとCiscoのルーターが含まれていたという事実が、家庭用ルーターの脆弱性がいかに深刻な脅威となり得るかを如実に示している。
TP-Linkのルーターの脆弱性は、過去にも重大な問題となっている。2023年5月には、サイバーセキュリティ企業Check Pointの研究者が、中国の国家支援を受けたハッカーグループ「Camaro Dragon」による欧州の外交機関へのサイバー攻撃で、TP-Linkルーターのファームウェアに埋め込まれた不正プログラムが使用されたと報告している。この事例は、TP-Linkの製品が国家レベルのサイバー攻撃に利用される可能性を示す具体的な証拠として、議員たちの懸念を裏付けるものとなっている。
これらの懸念を踏まえ、議員たちはTP-Link製品の米国内での制限または禁止が必要かどうかの判断も求めている。商務省には、ZTEやHuaweiなどの中国企業の製品を制限した前例があり、同様の措置がTP-Linkに対しても取られる可能性が出てきた。
一方、TP-Link側の反応も注目される。同社はReutersの取材に対し、米国内でルーターを販売していないと主張している。さらに、2023年5月には「グローバルな再編」を完了し、カリフォルニア州アーバインとシンガポールに本社を置くTP-Link Corporation Groupと、中国のTP-Link Technologies Co., Ltd.が「独立した事業体」になったと発表している。この組織再編が、米国政府の懸念を払拭するのに十分であるかどうかは、今後の調査結果を待つ必要がある。
この問題の背景には、中国の新しい規制によってセキュリティ研究者が脆弱性を政府に報告することが義務付けられたという事実がある。米国の国家安全保障機関は、この規制により中国政府のハッカーが脆弱性を悪用する機会を得ているのではないかと強く懸念している。この懸念は、中国製ネットワーク機器全般に対する米国の警戒感を一層高めている。
今回の調査要請は、ネットワーク機器のセキュリティに対する米国の警戒感が新たな段階に入ったことを示すとともに、中国企業の製品に対する米国政府による精査がさらに強化される可能性を示唆している。8月末の調査結果発表とそれに基づく商務省の対応が、米中のテクノロジー競争と安全保障問題の新たな転換点となる可能性がある。この問題の展開如何によっては、グローバルなサプライチェーンとサイバーセキュリティの未来に大きな影響を与えることが予想される。
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