英国レディング大学の研究チームが、人工的に作られた単純なゲル状の物質が、テレビゲーム「Pong」をプレイし、時間とともにその技術を向上させることができたという画期的な成果を報告した。この驚くべき結果は、生命システムや高度な人工知能に関連付けられる複雑で適応的な行動が、驚くほど単純な材料でも実現可能であることを示唆した画期的な物と言えるかもしれない。
ゲル脳の構造と学習メカニズム
研究チームが用いたのは、電気活性ポリマー(EAP)をベースとしたハイドロゲルである。このゲルは、電気刺激に反応して形状や大きさを変える特性を持つ。具体的には、ゲル内の高分子鎖の網目構造の中に存在するイオン(電荷を帯びた粒子)が、電流が流れると移動し、これによってゲルの形状が変化する。
この現象を利用して、研究者たちはゲルを電極アレイを介して改変版のPongゲームに接続した。ゲームのボールの位置は電気刺激によってゲルに伝えられ、ゲル内のイオンの流れを測定することでパドルの位置が決定された。
研究チームの一員であるVincent Strong氏は、ゲルの「記憶」能力について興味深い説明を行っている。「ハイドロゲルが元の形状に戻る速度は、膨潤する速度よりもはるかに遅いのです。つまり、イオンの次の動きは、前の動きの影響を受けることになり、これは一種の記憶が発生しているようなものです。ハイドロゲル内のイオンの再配置は、以前の再配置に基づいて継続的に行われ、最初に均一なイオン分布を持っていた時点まで遡ります」と述べている。
実験では、研究者たちはゲルの「ヒット率」を測定し、その精度が向上するかどうかを調べた。結果として、経験を積むにつれてゲルはボールをより頻繁に打ち返すことができるようになり、ラリーが長くなることが明らかになった。ゲルがPongの技術を最大限に発揮するまでには約20分かかったが、これは人間の脳細胞を使った以前の実験(約10分)よりも若干長い時間だった。
Strong氏は、このプロセスをさらに詳しく説明している。「時間とともに、ボールが動くにつれて、ゲルはすべての動きの記憶を蓄積します。そして、パドルはシミュレートされた環境内でそのボールに対応するように動きます。イオンは、時間の経過とともにすべての動きの記憶をマッピングするような方法で移動し、この『記憶』がパフォーマンスの向上につながるのです」。
この発見の意義について、レディング大学の生物医学工学者Yoshikatsu Hayashi氏は次のように述べている。「私たちの研究は、非常に単純な材料でも、生命システムや洗練されたAIに通常関連付けられる複雑で適応的な行動を示すことができることを示しています。これは、環境から学習し適応できる新しいタイプの『スマート』材料を開発する上で、エキサイティングな可能性を開くものです」。
研究チームは、この「記憶」能力が設計されたものではなく、材料の特性から自然に現れた能力であることを強調している。しかし、これは材料が意識的に行動しているわけではなく、物理的な影響の痕跡を保持しているだけだと注意を促している。
今後の研究では、ハイドロゲルの「記憶」のメカニズムをさらに探求し、他のタスクを実行する能力をテストする予定だ。Strong氏は、「ハイドロゲル内で記憶が生じることは示しましたが、次のステップは、具体的に学習が起こっていることを示すことです」と述べ、今後の研究の方向性を示唆している。
この研究は、非生物材料が「記憶」を使用して環境の理解を更新できることを示しているが、ハイドロゲルが真の意味で「学習」できるかどうかを明確に示すにはさらなる研究が必要だと研究者たちは結論付けている。この発見は、人工知能や材料科学の分野に新たな視点をもたらし、より単純で効率的なアルゴリズムの開発につながる可能性を秘めていると言えるだろう。
論文
- Cell Reports: Electro-active polymer hydrogels exhibit emergent memory when embodied in a simulated game environment
参考文献
- Ars Technica: Hydrogels can learn to play Pong
- Eurek Alert!: Hydrogels can play Pong by “remembering” previous patterns of electrical simulation
研究の要旨
人工ニューラルネットワークの目標は、生物学的な脳の機能を利用して計算アルゴリズムを開発することである。 しかし、このような純粋に人工的な実装では、生物学的ニューラルネットワーク(BNN)に見られるような、固有のメモリを介した適応的な振る舞いを実現することはできない。 生物学的ニューロンをコンピュータ・ハードウェアと統合した代替コンピューティング媒体は、BNNに見られるような、メモリによる同様の創発的挙動を示している。 BNNにおける現在の理論を応用すれば、代替媒体でも創発的な記憶機能を実現できるのだろうか? 電気活性ポリマー(EAP)ハイドロゲルを、カスタム多電極アレイと、運動コマンドと刺激間のフィードバックを介して、シミュレーションされたポンのゲーム世界に組み込んだ。 ゲーム環境内でのパフォーマンス分析を通じて、ハイドロゲルを介したイオン移動によって、創発的な記憶の獲得が実証された。
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