米国でAIデータセンターの急増による電力網への深刻な影響が明らかになった。Bloombergの独自調査によると、データセンター周辺地域で電力品質の著しい低下が確認され、家電製品の寿命低下や火災リスクの増加が懸念されている。
広範な電力品質の低下が判明
Whisker Labsが全米約77万カ所に設置したセンサーによる大規模調査により、データセンター周辺地域における深刻な電力品質の低下が確認された。同社のセンサーネットワークは米国の住宅の約90%を1km以内でカバーしており、極めて広範な分析を可能にしている。
電力品質の低下を示す重要な指標として注目されているのが、電力波形の歪み「高調波歪み」と呼ばれる現象だ。通常、電力は60Hzの完全な正弦波として供給されるが、この波形が理想的なパターンから逸脱すると歪みが発生する。業界基準では、この歪みが8%を超えると電気機器に悪影響を及ぼす可能性があるとされている。 これは、スピーカーの音量を許容範囲以上に上げた時に発生するノイズに例えられる。電力波形の歪みは、家電製品の寿命を縮めるだけでなく、モーターの異常振動や過熱を引き起こし、最悪の場合は火災につながる可能性もある。
今回の調査の結果、特に注目すべきは、深刻な高調波歪みが確認された地域の半数以上が、大規模データセンターから20マイル以内に位置していることが判明したことだ。さらに、高調波歪みの波形を示す測定地点の4分の3以上が、データセンター施設から50マイル圏内に集中していることも明らかになった。これは偶然とは考えにくい明確な相関関係を示している。
この問題は特に、シカゴ地域と北バージニア州の「データセンター通り」で顕著に表れている。シカゴ地域では、約1万6000個のセンサーのうち9300個以上が、9ヶ月の調査期間中に少なくとも1回は業界基準となる8%を超える歪みを記録。地域センサーの3分の1以上が継続的に高い歪み率を示している状況は、地域の電力インフラに対する重大な負荷を示唆している。
特に深刻な状況にあるのが、世界最大のデータセンター集積地である北バージニア州のラウドン郡である。同地域では2024年に入ってさらに2%の容量増加があり、約3000メガワットの規模に達している。隣接するプリンスウィリアム郡でも240メガワットの新規容量が追加され、合計で1000メガワットを超える規模となった。この地域では、センサーの約6%が許容範囲を超える歪みを記録しており、一部のセンサーでは基準値の1.6倍となる12.9%もの高い歪み率が観測されている。
これらの電力品質の低下は、一般家庭の電化製品に深刻な影響を及ぼす可能性がある。Whisker Labs社のCEOであるBob Marshall氏は「高調波歪みは、電力網のストレスや問題を早期に警告する炭鉱のカナリアのような存在だ」と指摘している。
対照的に、大規模なデータセンターから80マイル以上離れたバージニア州のヨーク郡では、高調波歪みの平均値は3%未満で安定しており、データセンターの存在が電力品質に与える影響を裏付ける結果となっている。
AIブームが電力網に与える前例のない負荷
急速に拡大するAIブームは、米国の電力インフラに前例のない負荷をもたらしている。Grid Strategiesの最新レポートによると、米国の電力需要は今後5年間で約16%の増加が見込まれており、これは1年前の予測値の3倍以上という劇的な上方修正となっている。この急激な需要増加の主要因として、新規データセンターの建設ラッシュが指摘されている。
特に懸念されているのが、AIワークロードに特有の電力消費パターンである。Bloom Energy社のChief Commercial OfficerであるAman Joshi氏は「AIの電力消費は従来型のデータセンターとは大きく異なり、のこぎり波のような急激な変動を示す。現在の電力網は、このような激しい負荷変動に対応できる設計にはなっていない」と警鐘を鳴らしている。さらに深刻なのは、複数のデータセンターが同時にこのような変動を引き起こす可能性があることだ。
この状況は特に、「データセンター通り」として知られる北バージニア地域で顕著である。同地域は現在、世界最大のデータセンター集積地として、北京の2倍以上の運用容量を誇っている。Bloomberg Intelligenceの推計によると、サウジアラビア、アイルランド、マレーシアなどでも同様の施設建設が計画されており、各国の電力システムに同様の課題が波及することが予想されている。
さらに問題を複雑にしているのが、データセンターの急速な展開スピードだ。通常、電力網の計画は長期的な視点で行われるが、データセンターは1〜2年という短期間で建設され、稼働を開始する。従来の人口増加に伴う電力需要の伸びと比較しても、AIデータセンターによる需要増加は桁違いのスピードと規模を示している。North American Electric Reliability Corpの上級エンジニアであるHasala Dharmawardena氏は「一般家庭の電力使用量の1万倍規模の負荷がかかる」と説明している。
この急激な需要増加に対して、米国の電力インフラ整備は明らかに立ち遅れている。数十年にわたって横ばいだった米国の電力使用量が、突如として加速度的な増加に転じたことで、電力網の強化や設備の更新が追いついていない状況にある。専門家たちは、現状のまま対策が遅れれば、今日観測されている高調波歪みの問題は、さらに深刻化する可能性が高いと警告している。
電力グリッドの専門家であるThomas Coleman氏は「これらの問題は完璧な嵐のシナリオの一要素であり、我々は十分な速さでモニタリングや対応ができていない」と指摘する。電力品質の問題は、単なる技術的な歪みの問題を超えて、米国の電力インフラ全体が直面している根本的な課題を浮き彫りにしているのである。
電力会社からの反論
この調査結果に対して、影響を受けているとされる地域の主要電力会社からは、強い反論が示されている。シカゴ地域を管轄するCommonwealth Edison社(ComEd)の広報担当者John Schoen氏は、「Whisker Labsの主張の正確性と前提に強い疑問を持っている」と述べ、測定方法の妥当性に疑問を投げかけている。同氏は「Tingデバイスは家庭内に設置されており、電力網の高調波を直接測定しているわけではない」と指摘。ComEdの測定データはイリノイ州規制当局が定める基準を満たしていると主張しているが、Bloomberg Newsの求めに対してそのデータの開示は行っていない。
北バージニア地域の電力供給を担うDominion Energy社も同様の立場を示している。同社の広報担当者Aaron Ruby氏は、「当社の観測ではWhisker Labsが報告しているような歪みのレベルは確認されていない」と述べ、同社の測定値は一貫して業界基準内に収まっていると主張している。Dominion社は200台の監視装置を通じて電力品質を継続的にモニタリングしており、「新規設備の稼働開始時に異常な構成や機器の問題により、一時的に通常より高い調波の乱れが観測されることは稀にあるが、そのような事例は直ちに対処されている」と説明している。
さらに、Northern Virginia Electric Cooperativeの広報担当者Lisa Hooker氏は、データセンター向けと一般家庭向けの供給設備が分離されている点を強調する。「データセンターへの供給は専用の変電所を通じて行われており、どちらの顧客グループから発生する高調波も互いに影響を及ぼすことはない」と述べている。
Dominion Energy社のRuby氏によると、バージニア州の新規データセンターの多くは独自の変電所とトランスを必要とし、これにより近隣の配電回路から隔離されているという。同社はさらに、Loudoun郡への新規送電線の建設を進めており、電力品質と信頼性の制約に対処する計画を示している。また、データセンター周辺では高調波の問題に対処するためのフィルターやコンデンサなどの装置も導入されているとしている。
しかし、この電力会社側の主張に対して、専門家からは異なる見解も示されている。Structure Energy SolutionsのThomas Coleman CEOは、「電力品質の問題は、より大きな問題のごく一部に過ぎない」と指摘。北米電力信頼度協議会(NERC)のHasala Dharmawardena氏も「電力契約には一定の品質の電力を受け取る権利が含まれている。我々は確実に測定を行い、消費者が受けるべき電力品質を確保する必要がある」と述べ、より詳細な調査と対策の必要性を訴えている。
問題の本質は、測定方法の違いを超えて、急速に変化する電力需要に対する既存インフラの適応能力にあると考えられる。NECRのタスクフォースは2025年に送電システムへの影響に関する分析を発表する予定だが、地域の配電システムへの影響については、各州の規制当局と電力会社の監督下に置かれている状況が続いている。
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