フランスの量子コンピュータベンチャーAlice & Bobは、独自の「猫量子ビット(cat qubit)」技術を核に、2030年までに実用的な汎用量子コンピュータの実現を目指す詳細なロードマップを発表した。同社が公開したホワイトペーパー「Think Inside The Box」では、量子エラー訂正の課題を克服する5つのマイルストーンが示されている。
猫量子ビットがもたらすブレークスルー
従来の量子ビットは、外部環境からの干渉(デコヒーレンス)によって量子状態が崩壊しやすく、エラー発生率が古典的なビットと比べて100万倍も高いという深刻な課題を抱えていた。古典的なビットのエラー率が100万分の1であるのに対し、量子ビットは1000分の1という高頻度でエラーを起こしていたのである。
Alice & Bobが開発した猫量子ビットは、シュレーディンガーの猫の思考実験にちなんで名付けられ、2つの量子状態の二重重ね合わせを実現する。従来の量子ビットが単一の重ね合わせ状態で0と1を表現するのに対し、猫量子ビットはより複雑な二重の重ね合わせを実現することで、外部からの干渉に対する耐性を大幅に向上させている。
同社の最新チップであるBoson 4は、2024年5月にクラウドで公開され、画期的な成果を示している。従来型の超伝導量子ビットと比較して数万倍もの長時間、量子情報を保持できることを実証した。具体的には、わずか12個以上の光子を使用することで、ビットフリップエラーの発生間隔を最大7分間まで延長することに成功している。
5つのマイルストーンで描く実用化への道筋
同社の実用化に向けたロードマップは、段階的な技術革新を通じて確実な進歩を目指す綿密な計画となっている。第一段階となるBosonシリーズでは、すでに猫量子ビットの安定的な制御と再現性の確保を達成している。この成果は、量子コンピューティングにおける重要な一歩として評価されている。
現在開発中のHeliumシリーズでは、エラー訂正機能を備えた論理量子ビットの構築に焦点を当てている。これは複数の物理量子ビットを組み合わせて、より信頼性の高い演算を実現するための重要な取り組みである。
続くLithiumシリーズでは、フォールトトレラント(耐障害性)な量子コンピューティングの実証を目指す。この段階では、論理量子ビット間の接続と最初のエラー訂正論理ゲートの実装が計画されている。
Berylliumシリーズでは、「マジックステートファクトリー」とリアルタイムエラー訂正を活用した普遍的な論理ゲートセットの実装に取り組む。これにより、あらゆる量子アルゴリズムを実行できる柔軟性を獲得することを目指している。
最終段階となるGrapheneシリーズでは、100個の高品質な論理量子ビットを実装し、99.9999%という極めて高い精度での演算実行を目標としている。これは産業応用可能な実用的な量子コンピュータの実現を意味する。
実用化への課題と期待
Alice & Bobのアプローチの革新性は、量子エラー訂正の問題を2次元から1次元に簡略化できる点にある。これは、必要な物理量子ビットの数を劇的に削減することを可能にする。従来のアプローチでは、2048ビットのRSA暗号を解読するために約2000万個の物理量子ビットが必要とされていたが、同社の技術では約10万個まで削減できると試算されている。
さらに、低密度パリティ検査(LDPC)コードを採用することで、論理量子ビットあたりの物理量子ビット数をさらに5分の1まで削減できる可能性も示されている。これは、量子コンピュータの実用化における重要なブレークスルーとなりうる。
しかし、CEOのThéau Perronninが指摘するように、予期せぬ技術的課題や「未知の未知」への対応は依然として重要な懸念事項である。また、技術的な実現可能性に加えて、商業的な実現可能性の検証も不可欠となる。量子コンピュータの実用化には、科学技術の進歩だけでなく、産業界のニーズや経済性との調和も求められている。
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