CERNによって、世界最大の粒子加速器・大型ハドロン衝突型加速器(LHC)において、これまでで最も重い反物質粒子の検出に成功したことが報告された。この発見は、宇宙創成期の謎に迫る重要な一歩となる可能性がある。
画期的な反物質粒子の発見
CERNのALICE実験チームは、2018年に実施された鉛イオン衝突実験のデータから、「反ハイパーヘリウム4」と呼ばれる新しい反物質粒子の存在を示す証拠の初検出に成功した。この粒子は2個の反陽子、1個の反中性子、そして「反ラムダ粒子」と呼ばれる不安定な粒子から構成される極めて特異な構造を持っている。
反ハイパーヘリウム4の検出は、特定の崩壊過程を通じて確認された。具体的には、この粒子が反ヘリウム3原子核、反陽子、そして荷電パイ中間子へと崩壊する過程を観測することで、その存在が統計的有意性3.5シグマで実証された。同時に研究チームは、反ハイパー水素4についても、反ヘリウム4原子核と荷電パイ中間子への崩壊過程を観測し、より高い統計的有意性4.5シグマでその存在を確認している。
研究チームはさらに、これらの新粒子の質量測定にも成功した。測定された質量は、現在の素粒子物理学理論から予測される世界平均値と良い一致を示している。また、鉛・鉛衝突における生成量についても詳細な解析が行われた。その結果は統計的ハドロン化モデルの予測と整合的であり、このモデルがハイパー核と呼ばれる特殊な原子核の生成過程も正確に記述できることを示している。このような特殊な原子核は、約2フェムトメートル(1フェムトメートルは100万分の1ナノメートル)という極めて微小なスケールで形成される非常にコンパクトな物質構造である。
この発見に先立ち、2024年8月には米国の相対論的重イオン衝突型加速器(RHIC: Relativistic Heavy Ion Collider)において、より軽い反物質粒子である反ハイパー水素4の検出が報告されていた。CERNの今回の発見は、これに続く重要な成果として位置づけられ、反物質研究の新たな地平を切り開くものとなっている。
宇宙創成の謎に迫る重要な発見
今回の反ハイパーヘリウム4の発見は、宇宙の最も基本的な謎の一つである「物質・反物質非対称性」の解明に向けた重要な手がかりとなる可能性を秘めている。現代の物理学理論によれば、宇宙誕生時のビッグバンにおいて、物質と反物質は完全に等量で生成されたはずだった。物質粒子と反物質粒子は接触すると互いに消滅して純粋なエネルギーに変換されることから、理論的には現在の宇宙は空虚なものとなっているはずである。しかし実際の宇宙は物質が支配的であり、この不均衡がなぜ、そしていつ生じたのかは現代物理学の大きな謎となっている。
ALICEでの実験は、ビッグバン直後の宇宙の状態を再現することで、この謎に迫ろうとしている。実験で観測される鉛イオンの衝突により生成される「クォーク・グルーオンプラズマ」は、宇宙誕生から約100万分の1秒後に存在していた原始的な物質状態と同様のものだと考えられている。この超高温・高密度の物質状態からは、通常の原子核やその反物質だけでなく、ハイパー核と呼ばれる特殊な粒子とその反物質も生成される。
特筆すべきは、ALICE実験チームが反ハイパーヘリウム4と反ハイパー水素4の生成量を精密に測定し、それらの反粒子対生成比が実験誤差の範囲内で1に等しいことを確認した点である。これは、LHCのエネルギー領域では物質と反物質が完全に対称的に生成されることを示している。この結果は、現在観測される物質優勢の状態が、宇宙誕生直後のさらに早い時期か、あるいは異なるメカニズムによって引き起こされた可能性を示唆している。
さらに、この実験結果は統計的ハドロン化モデルの予測とも良い一致を示している。このモデルは、クォーク・グルーオンプラズマから通常の物質粒子(ハドロン)が形成される過程を記述するものであり、今回の発見により、より複雑な粒子系についてもその有効性が確認された。これは、宇宙初期における物質形成過程の理解をさらに深めることにつながる重要な成果である。
最先端技術が可能にした発見
今回の画期的な発見の背景には、世界最高性能の実験設備と革新的なデータ解析手法の組み合わせがある。ALICEチームは、全長27キロメートルに及ぶLHCの地下トンネルで、核子対あたり5.02テラ電子ボルトという超高エネルギーでの鉛イオン同士の衝突実験を実施した。この衝突エネルギーは、宇宙誕生直後の極限状態を再現するのに十分な規模である。
ALICEは、LHCに設置された9つの実験装置の中でも特に重イオン衝突実験に特化した検出器である。他の実験が主に陽子同士の衝突を観測するのに対し、ALICEは鉛などの重イオンを衝突させることで、より大規模なクォーク・グルーオンプラズマの生成を可能にしている。この実験手法により、ハイパー核やその反物質粒子を効率的に生成し、観測することが可能となっている。
データ解析においては、従来の探索手法を超える性能を持つ最新の機械学習技術が採用された。反ハイパーヘリウム4は極めて稀少な粒子であり、その崩壊過程も複雑である。研究チームは、2018年に取得した膨大な衝突データの中から、反ヘリウム3原子核、反陽子、荷電パイ中間子という特徴的な崩壊生成物の組み合わせを、機械学習アルゴリズムを用いて効率的に識別することに成功した。
さらに、研究チームは生成された粒子の質量測定にも成功している。測定された質量は理論予測と高い精度で一致しており、これは実験装置の優れた性能と解析技術の高度さを示している。また、粒子の生成量についても詳細な解析が行われ、統計的ハドロン化モデルによる予測との比較が可能なレベルの精密測定が実現された。
このように、超高エネルギー加速器技術、精密な粒子検出技術、そして最新のデータ解析技術の融合により、これまで観測が困難とされてきた超重量の反物質粒子の検出が初めて可能となった。この成果は、現代の実験物理学が到達した技術的成熟度の高さを示すとともに、さらなる未知の粒子の発見への期待を高めるものとなっている。
なお、LHCは定期的にアップグレードが行われており、最近では超伝導磁石の増強により、より精密なビーム制御が可能となっている。このような継続的な設備の改良により、今後さらに重い反物質粒子の発見や、より詳細な物理現象の解明が期待される。
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