台湾の半導体大手TSMCの技術者たちが、中国Huaweiから3倍もの給与を提示され、引き抜きの標的となっていることが明らかになった。仏メディアLe Mondeの報道によると、この動きは同社の半導体製造能力強化に向けた戦略的な人材獲得の一環とされている。
組織的な引き抜き工作の実態
Huaweiによる人材獲得作戦は、緻密に計画された多層的なアプローチを取っている。同社は採用代理店を通じて、TSMCの技術者たちに3ヶ月おきに求人メールを送付。これらの企業は表向きデータ分析企業を装っているが、実際は最先端半導体の開発・製造に関する人材獲得が目的であることが、台湾の司法調査局の調査で判明している。
43歳の台湾人技術者Chloe Chenの事例は、この組織的な引き抜き工作の典型を示している。同氏の受信トレイには、定期的に送られてくる求人メールが蓄積されており、それらには経験レベルに応じた職務機会の提案が巧妙に織り込まれていた。これらの接触は一見、通常の人材紹介に見えるよう慎重に作られているが、その背後にはHuaweiが統制する採用ネットワークが存在する。
さらに注目すべきは、この人材獲得戦略がHuaweiの研究開発戦略と密接に連動している点だ。同社は売上高で記録的な数字を示す一方で利益は減少しており、これは研究開発への大規模な投資を示唆している。その中で、TSMCの技術者たちは、同社の技術的飛躍を実現するための重要な要素として位置づけられているとみられる。
高給与の裏に潜むリスク
提示される破格の待遇の陰で、技術者たちは複数の深刻なリスクに直面している。最も重大な問題は、台湾企業からの事実上の永久的な就職制限だ。Huaweiへの転職を選択した技術者は、将来的に台湾の半導体産業界での再就職が極めて困難になると予想される。これは、キャリアの選択肢を著しく制限することを意味する。
労働環境や実際の待遇に関する不透明性も大きな懸念事項となっている。3倍という破格の給与提示の一方で、実際の労働条件や勤務時間、さらには精神的プレッシャーについての具体的な情報は明らかにされていない。特に、Huaweiが技術的な breakthrough を急いでいる状況下では、過酷な労働環境が予想される。
また、知的財産の保護という観点からも重大な問題が存在する。TSMCは世界最高水準の半導体製造技術を持つ企業として、厳格なプロジェクト分離方式を採用している。これにより、個々の従業員が機密情報全体にアクセスすることを防いでいるが、多数の技術者を獲得することで、その防衛線を突破しようとする動きともとれる。
さらに深刻なのは、転職後の立場の脆弱性だ。台湾企業への再就職が困難となる状況下では、転職先での待遇や労働条件の悪化に対して、従業員側の交渉力が著しく低下する。これは、長期的なキャリア形成の観点から見過ごせないリスクとなっている。
この動きの背景には、中国の半導体産業における深刻な技術格差がある。HuaweiとSMICは5nmプロセスの開発に成功したとされるものの、DUV装置を使用した量産化に課題を抱えている。人材獲得を通じた技術力向上は理にかなった戦略だが、台湾人技術者たちにとっては、短期的な経済的利益と長期的なキャリアリスクのトレードオフが存在する。
また、この状況は台湾の半導体産業にとって人材流出という直接的な脅威となるだけでなく、長期的には技術優位性の維持という観点からも重大な課題となる可能性がある。台湾政府による規制強化と、企業による待遇改善の両面からの対応が求められる状況といえるだろう。
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