テクノロジーと科学の最新の話題を毎日配信中!!

D-Wave、実用問題での量子超越性達成を主張 – 他の機関はこれに疑問を呈する

2025年3月13日

量子コンピュータ企業D-Waveは2025年3月12日、科学誌『Science』に掲載された論文で、同社の量子アニーリングコンピュータが磁性材料のシミュレーションを約20分で完了し、古典的スーパーコンピュータでは100万年かかるとされる計算を実現したと発表した。この「量子超越性」の主張に対しては、複数の研究機関から反論も出ている。

D-Waveの量子超越性の主張

D-Waveの論文「Beyond-Classical Computation in Quantum Simulation」では、同社の「Advantage2」プロトタイプ量子アニーリングコンピュータを使用して、イジングモデルと呼ばれる量子システムにおける磁性材料のシミュレーションを実施した。同社によれば、米国エネルギー省オークリッジ国立研究所のスーパーコンピュータ「Frontier」で同じ計算を行うと、ほぼ100万年の時間と世界の年間電力消費量を超えるエネルギーが必要になるという。

D-WaveのCEO Alan Baratz氏は、これを「量子コンピューティングにとっての聖杯」と表現。「他の量子システムが古典的コンピュータを上回るという主張はすべて議論されるか、実用的価値のないランダム数値生成に関するものだった」と述べている。

同社のシニアディスティングイッシュドサイエンティストAndrew King氏は「磁性材料のシミュレーションは新材料の発見につながる可能性がある」と述べている。磁性材料はセンサー、スマートフォン、医療画像装置など多くの産業で利用されている。

量子アニーリングと一般的な量子コンピュータの違い

現在開発されている量子コンピュータには大きく分けて2つのアプローチがある:D-Waveが採用している「量子アニーリング」と、IBM、Google、Microsoftなどが採用している「ゲートモデル(汎用量子コンピュータ)」だ。

量子アニーリング(D-Wave方式)

量子アニーリングは特定の問題、特に最適化問題を解くために特化したアプローチである。その仕組みは以下のとおりだ:

  • 動作原理: 量子ビット集合を特定の問題に合わせて構成・初期化した後、システムが自然に最小エネルギー状態(基底状態)に落ち着くのを待つ。この基底状態が問題の最適解に対応する
  • 得意分野: 組み合わせ最適化問題。例えば「巡回セールスマン問題」(多数の都市を最短距離で訪問する経路を見つける問題)などの経路最適化や、複雑なスケジューリング問題に適している。
  • 特徴: より狭い範囲の問題に特化しているが、それらの問題に対しては実用的な解を提供できる可能性が高いとされている。
  • エラー耐性: 比較的ノイズに強く、多数の量子ビットを含むシステムを構築しやすい傾向がある。D-Waveは既に数千キュービット規模のシステムを実現している。

ゲートモデル量子コンピュータ(IBM/Google方式)

一方、より一般的に「量子コンピュータ」と呼ばれるゲートモデルアプローチは、従来のコンピュータに近い汎用性を持つことを目指している:

  • 動作原理: 量子ビットに対して量子ゲート操作を順次適用し、計算を進める。これは従来のコンピュータがビットに論理ゲートを適用するのと概念的には類似したものだ。
  • 得意分野: より広範な量子アルゴリズム(ショアのアルゴリズム、グローバーのアルゴリズムなど)を実行でき、暗号解読、データベース検索、化学シミュレーションなど多様な用途に適用できる可能性がある。
  • 特徴: 理論的には汎用性が高いが、現時点では量子ビットのエラー率が高く、大規模な計算は困難となっている。
  • エラー率: 現在のゲートモデル量子コンピュータはエラー訂正に多くのリソースを要し、物理量子ビット数に比べて利用可能な論理量子ビット数が大幅に少なくなる。

D-Waveは特定の問題(最適化問題や今回のようなイジングモデルシミュレーション)に特化したアプローチを取ることで、より早期に実用的な量子優位性の実証を目指していると言える。

研究者からの反論

だが、こうしたD-Waveの主張に対して、複数の研究者から反論が出ている。

ニューヨーク大学のDries Sels氏らは、「テンソルネットワーク」と呼ばれる数学的手法を用いて、通常のラップトップでわずか2時間で同様の計算を行ったと主張。テンソルネットワークはシミュレーションに必要なデータ量を大幅に削減する手法だ。

スイスのÉcole Polytechnique FédéraleのLinda Mauron氏とGiuseppe Carleo氏は、D-Waveが解いた問題は量子もつれ(量子コンピュータの主要な利点の源)を必要とせずに解決できると述べ、4台のGPUを使って3日間で同様の計算を行ったという。

Carleo氏は「『これは古典的シミュレーションを超えている』と言えば、それを行う古典的シミュレーションが出てくるだろう」と述べている。

また、Flatiron InstituteのMiles Stoudenmire氏は、D-Waveの論文は特定の時点では有効だったが、論文の初期バージョン発表後に、古典的コンピュータの相対的な弱さを反証する新しい方法が発見されたと指摘している。

D-Waveの反応と追加実験

これらの批判に対し、D-WaveのAndrew King氏は、Sels氏のチームが「我々が行ったすべての問題、すべてのサイズ、すべての観測可能量、すべてのシミュレーションテストを行ったわけではない」として、「優位性の主張を反証するものではない」と反論した。

King氏は、Sels氏の論文を知った後、最大3,200量子ビットを使用するより大規模な計算を実行し、これによりD-Waveの量子優位性の主張がさらに強化されたとしている。ただし、この研究結果はまだ発表されていない。

一方、Sels氏は「彼らが本当に喜んで『OK、君たちがやった』と言うなら、やることはできる」としながらも、「そうする計画はない。意味がわからない」と反論している。アルゴリズムの実行時間は問題のサイズに比例して線形に増加するため、より大きな問題をテストする必要はないという。

量子コンピューティング業界への影響

量子超越性(Quantum Supremacy)とは、量子コンピュータが古典的コンピュータでは現実的に解決できない問題を解ける状態を指す。IDCのアナリストHeather Westによれば、最近では「量子超越性」よりも「量子アドバンテージ」や「量子ユーティリティ」という用語が好まれる傾向にあるという。

D-Waveはパロアルト(カリフォルニア州)を拠点とする量子コンピュータ企業で、2011年に商業的に利用可能な量子コンピュータを最初に提供したと主張している企業の一つだ。同社は日本のNTTドコモやカナダのPattison Food Groupなどを顧客に持つ。

しかし量子コンピューティングの商業化には課題も多い。D-Waveは2022年に5億4000万ドル以上の損失を計上し、事業閉鎖の可能性もあったが、昨年末に1億7500万ドルを調達し経営を立て直している。

オックスフォード大学のAleks Kissinger氏によれば、以前からあったD-Waveのマシンが本当に量子的かという疑問はほぼ解消されたが、実際に古典的マシンでは不可能な問題を解決できるかはまだ見極める必要があるという。

今回の議論は、量子コンピューティングの進化と古典的コンピューティングの改良が並行して進むことを示している。量子超越性の主張が出るたびに、古典的アルゴリズムの専門家たちが新しい方法を開発し、両者の競争が続いているのが現状だ。


論文

参考文献

Follow Me !

\ この記事が気に入ったら是非フォローを! /

フォローする

コメントする