Microsoftは、3Dグラフィックス用APIであるDirectXに、AIを活用したニューラル・レンダリング機能を実装することを発表した。この取り組みの中核となる「Cooperative Vectors」と呼ばれる新技術により、従来のグラフィックスパイプラインとAIモデルを統合した次世代のリアルタイムレンダリングが可能になる。
ニューラル・レンダリングがもたらす革新
ニューラル・レンダリングは、従来の3Dグラフィックスの概念を根本から変革する可能性を秘めた技術革新である。これまでのコンピュータグラフィックスは、数学的モデルに基づいて3D空間での光の振る舞いをシミュレートする方式が主流だった。しかし、ニューラル・レンダリングはAIの学習能力を活用することで、より自然で効率的なアプローチを実現する。
この技術の特筆すべき点は、既存のAIベースのグラフィックス技術とは一線を画す点にある。例えばNVIDIAのDLSSやAMDのFSRといった超解像技術は、すでにレンダリングされた画像を高解像度化する後処理として機能する。一方、ニューラル・レンダリングは画像生成のプロセスそのものにAIを組み込む。これにより、シーンの理解から最終的な画像生成まで、レンダリングパイプライン全体でAIの能力を活用することが可能となる。
Microsoftが実装を進める「Cooperative Vectors」は、この新しいパラダイムを実現するための重要な技術基盤となる。従来のグラフィックスパイプラインと生成AIモデルの間に効率的な情報経路を確立することで、両者の長所を最大限に引き出す。具体的には、従来のパイプラインが持つ高速な幾何学処理能力と、AIモデルが持つパターン認識や予測能力を組み合わせることができる。
この技術により、AIモデルは3つの重要な情報を理解することが可能になる。第一に、従来のパイプラインが現在実行している処理の内容、第二に、AIモデルが担うべき処理の範囲、そして第三に、モデルの学習に必要な正解データ(グラウンドトゥルース)である。これらの情報を基に、AIモデルは状況に応じて最適な処理を選択できる。
さらに、この技術は開発者に新しい表現の可能性を提供する。例えば、複雑な光の相互作用、自然な物理シミュレーション、よりリアルな材質表現など、従来の手法では計算コストが高すぎて実現が困難だった要素を、AIモデルを使って効率的に表現できるようになる。特に、ゲーム開発において重要となる動的な環境での光の振る舞いや、キャラクターの表情、布の動きなどの複雑な要素を、より自然に表現することが可能となる。
技術的な革新点
Cooperative Vectorsの実装は、ゲームグラフィックスの領域に複数の重要な技術革新をもたらす。まず、AIの処理に不可欠な行列-ベクトル演算の最適化において、大きなブレークスルーが実現される。従来のグラフィックス処理では固定サイズのベクトル演算に制限されていたが、この新技術により任意のサイズのベクトルを使用した行列乗算が可能となる。これは特にAIモデルの学習やファインチューニング、そして実際のゲーム内での推論処理において重要な意味を持つ。具体的には、より柔軟なニューラルネットワークの構築が可能となり、リアルタイムレンダリングのパフォーマンスを大幅に向上させることができる。
次に注目すべき革新は、シェーダーステージにおけるAIタスク実行の実現だ。これまでGPU上でのAI処理は、多くの場合GPUリソースの大部分を占有する必要があった。しかしCooperative Vectorsの実装により、小規模なニューラルネットワークをピクセルシェーダー内で効率的に実行することが可能となる。これはGPUの並列処理能力を最大限に活用しながら、従来のグラフィックス処理とAI処理を同時に実行できることを意味する。例えば、テクスチャの生成やライティングの計算など、特定のレンダリング要素に対して局所的にAIモデルを適用することが可能となる。
業界への影響と今後の展開
MicrosoftのHLSL(High-Level Shading Language)チームは、AMD、Intel、NVIDIA、Qualcommと協力して、DirectXエコシステムにおけるクロスベンダー対応のCooperative Vectors実装を進めている。異なるハードウェアアーキテクチャ間での互換性を確保することで、開発者は特定のハードウェアに依存することなく、AIアクセラレータを活用したグラフィックス処理を実装できるようになる。
最初の実装例として、NVIDIAの次世代GeForce RTX 50シリーズ(開発コードネーム「Blackwell」)GPUでの活用が予定されている。Tensor Coreを活用したニューラルシェーディングの実装により、AIを使用したゲームアセットの視覚化、パストレーシング性能向上のためのジオメトリ最適化、フォトリアリスティックなゲームキャラクター作成ツールの実現が可能になるとされている。
この取り組みは、特定のエコシステムに限定されていた独自のAIレンダリング技術を、より広範な開発者コミュニティに開放する可能性を持つ。これにより、ゲームグラフィックスの革新が加速することが期待される。
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