Microsoft社が画期的な新型データセンター設計を発表した。この設計では、冷却システムにおける水の蒸発を完全に排除し、1施設あたり年間1億2500万リットル以上の水資源を節約できるという。同社は2024年8月からこの新設計の採用を開始しているとのことだ。
革新的な冷却システムの仕組み
データセンターの冷却は、大量のコンピューターが生み出す熱をいかに効率的に除去するかという課題との戦いである。これまでのデータセンターでは、自然現象である水の蒸発を利用して冷却を行ってきた。
従来のシステムでは、サーバーから発生した熱で温められた空気を、水を含んだコンテナへとファンで送り込む。この過程で水が蒸発する際に周囲の空気から熱を奪い、温度を下げるという仕組みだ。この方法は電力効率に優れているものの、蒸発した水は環境中に失われてしまうという欠点があった。
これに対しMicrosoftの新システムは、「クローズドループ」と呼ばれる閉鎖循環方式を採用している。建設時に一度システムに注入された水は、サーバーとチラー(産業用の大型冷却装置)の間を循環し続ける。サーバーで温められた水はチラーで冷却され、再びサーバーの冷却に使用される。これにより、水の補給が不要となり、従来システムで失われていた年間1億2500万リットル以上の水資源を節約できる。
さらに同社は、チップレベルでの冷却技術も開発している。現在は冷却用の液体がチップに取り付けられた冷却プレートを冷やす方式だが、将来的にはマイクロフルイディクス技術を用いて、シリコンチップ内部に直接冷却液を流す計画だという。これが実現すれば、さらなる効率化が期待できる。
Microsoft社のSteve Solomon氏によると、新システムは精密な温度制御を実現しつつ、従来よりも高い温度での運用が可能という。これにより、機械式冷却に伴う電力消費の増加を最小限に抑えることができる。ただし、完全な水の蒸発防止と引き換えに、若干の電力効率の低下は避けられないとしている。
水使用効率の大幅な改善
データセンターの環境負荷を測る重要な指標として、水使用効率(Water Usage Effectiveness: WUE)がある。これはIT機器の消費電力1キロワット時あたりの水使用量をリットル単位で表したもので、値が小さいほど効率が良いことを示している。
Microsoftは過去数年間で、この指標を劇的に改善してきた。2021年時点では0.49L/kWhだった同社のWUEは、2023年には0.30L/kWhまで低下。これは39%という大幅な効率改善を実現したことを意味する。さらに注目すべきは、同社の第一世代データセンターと比較すると、実に80%もの改善を達成している点だ。
この著しい効率化は、複数の革新的なアプローチによって実現された。その中核となるのが、サーバー機器の比較的高温での運用だ。外気温が低い期間は外気を利用した冷却が可能となり、水の使用量を大幅に抑制できる。加えて同社は、雨水の利用や水のリサイクルシステムを導入したほか、AIを活用した予測モデルも開発。これにより、各データセンターの一日あたりの適正水使用量を予測し、無駄な使用や漏水などの早期発見を可能にしている。
新たに発表されたゼロ水蒸発設計の導入により、対象施設のWUEは実質的にゼロに近づくことが期待されている。ただし、トイレや厨房などの管理用途での水使用は継続するため、完全なゼロにはならない。この新設計が全施設に展開されていくにつれ、Microsoft全体の平均WUEはさらなる低下が見込まれる。
一方で、この効率改善にはトレードオフも存在する。蒸発式システムから機械式冷却への移行に伴い、電力使用効率(Power Usage Effectiveness: PUE)は若干の上昇が避けられない。しかし同社は、最新のチップレベル冷却技術により、従来よりも高い温度での運用を可能にし、この影響を最小限に抑える方針だ。さらに、より効率的な冷却を実現するための技術開発も継続的に進められている。
実装スケジュール
新設計は、2026年にアリゾナ州フェニックスとウィスコンシン州マウントプレザントの新設データセンターでパイロット導入される予定だ。2024年8月以降に設計されるすべての新規データセンターにこの技術が採用され、2027年後半から順次稼働を開始する。既存施設は、空冷式と水冷式のミックス構成を維持するとのことだ。
Xenospectrum’s Take
Microsoftの新設計は、データセンター業界における水資源問題への画期的な解決策として注目に値する。特に水資源が逼迫する地域での展開は、環境保護と地域社会との共生という観点で極めて重要な意義を持つ。
今回の発表で特に興味深いのは、同社がトレードオフの存在を率直に認めている点だ。PUEの上昇は確かに「名目上の増加」と説明されているが、大規模施設における僅かな効率低下も、長期的な運用コストに無視できない影響を及ぼす可能性がある。
また、マイクロフルイディクス技術を用いたチップ直接冷却への展望も注目に値する。この技術が実用化されれば、データセンターの効率性は新たな段階に進化する可能性がある。冷却のためだけに年間1億2500万リットルもの水を消費するという現状は、技術の進歩とともに近い将来「過去の遺物」として語られることになるかもしれない。
環境負荷の低減と演算能力の向上を両立する次世代データセンターの姿が、徐々に現実味を帯びてきたと言えよう。ただし、本当の意味での成功は、この技術が業界標準として広く普及するかどうかにかかっている。Microsoftの挑戦が、データセンター業界全体にどのような影響を及ぼすのか、今後も注視していく必要があるだろう。
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