住宅用蓄電池は災害時のバックアップ電源として有用ではあるが、高価であり、またスペースも取る。リチウムイオン電池は環境問題の懸念も生み、リチウム自体の供給への不安もつきまとう。だが、結局の所、エネルギーを貯蔵しておく有効な代替手段はなかった。
マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者らによる新たな研究の成果は、これを根本的に覆す可能性がある。彼らは“住宅の素材”自体に電力を貯蔵する手段を見付けたという。その素材とは、人類が遙か昔から活用してきた“コンクリート”だ。
なじみ深い建築素材が生まれ変わる
プロジェクトの主任研究員であるマサチューセッツ工科大学(MIT)のDamian Stefaniuk博士が率いるチームは、セメントとカーボンブラックに水を加えることで、電気エネルギーを貯蔵できるスーパーキャパシタ(バッテリーの代替品)を作れることを発見したのだ。
Stefaniuk氏は「最初は信じられませんでした。外部電源を抜いていなかったからLEDが点灯したのだと思いました」と、このスーパーキャパシタから電力を供給されたLEDが初めて点灯したときのことをBBCに語っている。
従来のバッテリーの完全な代替とは言えないが、こうしたスーパーキャパシタは、私たちの生活にどのように電力供給するかという、その方法を革新する独自の利点を提供する可能性がある。
例えば、研究者らは、このスーパーキャパシタを利用したコンクリートを家の基礎に組み込むことで、一日分のエネルギーを貯蔵することが出来るとしている。スーパーキャパシタとしての機能を持たせるために、追加のコストはほとんど、あるいは全くかからないとのことだ。また、基礎としての必要な強度も確保できるという。また、コンクリートの道路に埋め込まれたスーパーキャパシタが、走行中の電気自動車に非接触で充電を行う未来も考えられるという。
一般的な材料がエネルギー貯蔵を可能にする
キャパシタは、日本では「コンデンサ」の方が通りが良いだろう。電気(電荷)を蓄えたり、放出したりする電子部品だ。原理的には非常にシンプルな装置であり、電解液に浸された2つの導電性プレートと、それを隔てる膜で構成される。キャパシタに電圧がかかると、電解液から正に帯電したイオンが負に帯電したプレートに集まり、正に帯電したプレートには負に帯電したイオンが集まる。プレート間の膜がイオンの移動を阻止するため、この電荷の分離がプレート間に電場を作り出し、キャパシタが充電される。2つのプレートは長期間この電荷対を保持し、必要に応じて迅速に放出することができる。スーパーキャパシタは、非常に大きな電荷を貯蔵できるキャパシタのことだ。
キャパシタが貯蔵できる電力の量は、その導電性プレートの総表面積に依存する。Stefaniuk氏のチームが開発した新しいスーパーキャパシタの鍵は、セメントベースの材料を、内部に密で相互接続された導電性のネットワークを持つように製造する方法にあった。
研究者らは、非常に導電性の高いカーボンブラックをセメント粉末と水とともにコンクリート混合物に導入し、硬化させることでこれを実現した。水はセメントと反応することで構造内に分岐したネットワークを自然に形成し、カーボンはこれらの空間に移動して硬化したセメント内にワイヤーのような構造を作り出す。この構造はフラクタルのようなもので、大きな枝が小さな枝を生み、その小さな枝がさらに小さな枝を生み出し、最終的には比較的小さな体積内に非常に大きな表面積を持つことになる。この材料を標準的な電解液(例えば塩化カリウムなどの塩)に浸すことで、カーボン構造に電荷を蓄えるためのイオンが供給される。これらの材料で作られた2つの電極を薄い空間または絶縁層で分けることで、非常に強力なスーパーキャパシタが形成されるのだ。
こうしたスーパーキャパシタは大量のエネルギーを迅速に貯蔵することができ、太陽光や風力などの再生可能エネルギーから余剰電力を取り込むのに理想的な物となる。また、スーパーキャパシタはバッテリーよりもはるかに迅速に充電および放電できる。
こうしたエネルギーを捕捉して放出する能力は、特に断続的な再生可能エネルギー源にとって非常に価値のあるものだ。太陽はいつも輝いているわけではなく、風はいつも吹いているわけでもないため、太陽光発電や風力発電は、エネルギーが蓄えられないとその一部は無駄になってしまうのだ。
Stefaniuk氏らによると、45立方メートル(またはヤード)のコンクリートスーパーコンピューターキャパシタは、約10kwhのエネルギーを貯蔵できることができると言う。これは家庭の平均的な一日の電力使用量とされている。
「例えば、ソーラーパネルで電力を供給するオフグリッドの家を考えてみてください。昼間に太陽エネルギーを直接利用し、夜間には基礎などに蓄えられたエネルギーを使用するのです」とStefaniuk氏は説明する。
今回のStefaniuk氏らによる発見は、これらの余剰エネルギーを吸収し、必要に応じてグリッドに戻す緩衝材として機能することが期待出来る。
また、セメントとカーボンブラックの混合割合によって、エネルギー貯蔵容量と構造強度に変化が出ることも明らかになった。カーボンブラックを多く加えることで、エネルギー貯蔵容量は多くなるが、コンクリート強度はやや弱くなる。このスケーラビリティは特定の用途に求められる特性に応じて、混合物を調整することでシステムを調整することができることを意味するものだ。
「これは本当に多機能な材料です」と、MITのFranz-Josef Ulm教授は評している。スーパーキャパシタとしてエネルギーを貯蔵できる能力に加えて、同じ種類のコンクリート混合物を使用して、炭素を含むコンクリートに電気を流すことで暖房システムとしても使用できる。
しかし、いくつかの課題も存在する。コンクリートスーパーキャパシタは現在、エネルギーを迅速に放出するため、安定した電力供給が必要な用途には適していない。
さらに、セメント生産は二酸化炭素排出の主要な原因であり、環境への影響がある。
「この研究は多くの興味深い可能性の道を開きます。しかし、この技術を大規模に展開し、その環境負荷を軽減するためには、さらなる研究が必要です」」と、英国Teesside Universityの持続可能なエンジニアリング専門家であるMichael Short氏は述べている。
とは言え、このコンクリートスーパーキャパシタは、これまでリチウム一辺倒だったエネルギー貯蔵に革命をもたらす可能性のある物であり、クリーンで持続可能な世界に積極的に貢献する未来を垣間見せるものだ。継続的な研究開発により、こうした革新的な「ビルディングブロック」バッテリーは、より強靭で再生可能なエネルギーの未来への道を開くことができるかも知れない。
論文
参考文献
- MIT: MIT engineers create an energy-storing supercapacitor from ancient materials
- BBC: The cement that could turn your house into a giant battery
研究の要旨
再生可能エネルギーシステムの大規模な導入には、エネルギー需給の不均衡を効果的に管理するためのエネルギー貯蔵ソリューションの開発が必要である。ここでは、セメント、水、カーボンブラックという、地球上のほぼどこからでも入手可能な材料前駆体から構築されるスーパーキャパシタにおけるエネルギー貯蔵のための、このようなスケーラブルな材料ソリューションについて研究する。我々は、サイクリックボルタンメトリーおよびガルバノ静電充放電実験から得られたキャパシタンス測定と相関EDS-ラマン分光法を組み合わせることにより、カーボンセメント電極の特性を評価した。テクスチャー分析から、炭素の存在下でのセメントの水和反応により、フラクタル状の電子伝導性炭素ネットワークが生成され、耐荷重性セメントベースのマトリックスに浸透していることが明らかになった。電荷蓄積に利用可能な高い比表面積のこの空間を充填するカーボンブラックネットワークのエネルギー蓄積能力は集中的な量であることが示され、一方、カーボンセメント電極の高レート能力は、電荷輸送に利用可能な水和多孔性に起因する自己相似性を示す。エネルギー貯蔵と速度能力のこの集中的で自己相似的な性質は、電極から構造スケールへのマススケーリングの機会を示している。このようなカーボンセメントスーパーキャパシタの利用可能性、汎用性、拡張性は、電気自動車用のエネルギーオートシェルターや自己充電道路から、風力タービンや潮力発電所用の間欠的エネルギー貯蔵に至るまで、持続可能な住宅用および産業用アプリケーションのための、高エネルギー貯蔵容量、高レートの充放電能力、構造強度を活用した多機能構造の設計のための地平を開く。
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