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PsiQuantum、7.5億ドル超調達へ 光量子計算で評価額60億ドル

Y Kobayashi

2025年3月26日

量子コンピューティングのスタートアップであるPsiQuantumが、少なくとも7億5000万ドル(約112億円)の新たな資金調達を進めていることが報じられた。光技術を基盤とする誤り体制量子コンピュータ(Fault-Tolerant Quantum Compute: FTQC)の商用化を加速させる狙いであり、今回の調達前の企業評価額は60億ドル(約9000億円)に達するとされる。これは、同分野における市場の高い期待を反映している。

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巨額資金調達で商用化を加速

Reutersが報じたところによると、今回の資金調達ラウンドは資産運用大手のBlackRockが主導しているとされ、まだ完了していない。調達資金は、数百万量子ビット級の誤り耐性量子コンピュータを構築し、2029年まで、あるいはそれ以前に最初の商用システムを提供開始するというPsiQuantumの野心的な計画を支えるものとなる。

PsiQuantumは2015年にカリフォルニア州パロアルトで設立され、これまでに約7億ドルを調達している。特筆すべきは、2021年のシリーズDラウンドであり、この時は4億5000万ドルを調達し、企業評価額は31億5000万ドルであった。今回の報道が事実であれば、評価額は約3年でほぼ倍増した計算となり、同社の技術と将来性に対する投資家の強い信頼を示唆している。オーストラリアのベンチャーキャピタルであるBlackbird Venturesなども、初期からの支援者として名を連ねている。

独自技術「フォトニクス」と開発の進捗

PsiQuantumは、GoogleやIBMなどが採用する超伝導回路やイオントラップ方式とは一線を画し、「フォトニクス」と呼ばれるアプローチを追求している。これは、情報の基本単位である「量子ビット(qubit)」として、電子ではなく個々の光の粒子、すなわち「光子(photon)」を利用する技術である。これらの光子は、シリコンチップ上に形成された光導波路を通り、微細なミラーやセンサーによって制御される。

この方式の最大の利点は、既存の半導体製造インフラを活用できる点にある。PsiQuantumは、世界最大級の半導体ファウンドリであるGlobalFoundriesのニューヨーク工場で、光ファイバー通信向けに開発された技術を応用して光量子チップを製造している。これにより、理論上は大規模な量子コンピュータを効率的に生産できる可能性がある。

同社は近年、技術開発を着実に進めている。2025年2月には、GlobalFoundriesで製造された高性能な光コンポーネントを搭載した、実用規模の量子コンピューティング向けチップセット「Omega」を発表。さらに、光子検出器の性能向上、光導波路における信号損失の低減、光子の経路制御に不可欠な高速光スイッチの開発なども報告されている。加えて、「アクティブボリュームコンピレーション」と呼ばれる誤り訂正符号化された量子アルゴリズム向けのコンパイル技術を導入し、ハードウェアをより効率的に使用することで、アプリケーションの実行時間を約50分の1に短縮することを目指している。

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米豪政府からの強力なバックアップ

PsiQuantumの取り組みは、量子技術での覇権を目指す国々から強い関心を集めている。同社は米国とオーストラリアの両政府から、大規模な公的資金による支援を獲得している。

2024年第2四半期には、オーストラリア連邦政府およびクイーンズランド州政府から、合計9億4000万豪ドル(約890億円)の資金提供(融資および出資)を受け、ブリスベンに商用量子コンピュータを建設する計画を発表した。この施設はブリスベン空港に隣接する土地に建設され、建設パートナーとしてLendlease、設計・エンジニアリング業務はJacobsが担当し、2025年後半に着工、2027年末の完成を目指している。また、クイーンズランド州のグリフィス大学には、2025年初頭に開設予定の新たな研究所を設置し、光サブシステムのテストや技術者育成を行う計画である。

一方、米国でも2024年7月、イリノイ州、クック郡、シカゴ市と提携し、5億ドル以上の公的資金支援を受けて、シカゴ南部におよそ150エーカー(約60ヘクタール)の量子・マイクロエレクトロニクスパークの中核となる、米国初の「実用規模の誤り耐性量子コンピュータ」を建設すると発表した。この計画には、最大5億ドルを要すると見積もられる約30万平方フィート(約2万8千平方メートル)のオペレーションセンターと極低温施設が含まれており、2028年までの稼働を目指しているとされる。

さらに、英国のDaresbury研究所とは、量子コンピュータの動作に必要な極低温環境を維持するための大規模な極低温モジュールの開発で協力している。

なお、オーストラリア政府によるPsiQuantumへの大型投資は、「Future Made in Australia」政策の柱の一つと位置付けられているが、その選定プロセスにおいては、国内の競合企業よりもPsiQuantumが優遇されたのではないかとの批判も一部で報じられた。政府は、この投資が将来的に高度な技術人材を惹きつける効果にも期待している。

市場競争と将来展望

量子コンピュータは、従来のコンピュータでは数千年、あるいは数百万年かかるとされる複雑な問題を解く可能性を秘めており、化学、材料科学、創薬、金融、物流最適化など、多岐にわたる分野での活用が期待されている。しかし、量子ビットは非常に不安定でエラーが発生しやすく、この「誤り耐性」の実現が商用化への最大の障壁となっている。

PsiQuantumは、光子を用いた独自のアプローチと、既存の半導体製造プロセスを活用することによるスケーラビリティによって、この課題を克服し、他社に先駆けて実用的な量子コンピュータを実現できると確信している。同社は2029年までの商用化を目指すが、市場競争は激化している。Googleは今後5年以内に実用的な量子アプリケーションが登場すると予測しており、Microsoft、Amazon、NVIDIAなども近年、量子チップや研究センターへの投資を加速させている。Microsoftは「マヨラナ粒子」と呼ばれる理論上の粒子を生成したと発表し、数年内の大規模量子コンピュータ実現の可能性を示唆している。

このような状況下で、今回の巨額資金調達は、PsiQuantumがその野心的な目標達成に向けて、技術開発と生産体制構築をさらに加速させるための重要なマイルストーンとなる。また、同社が最近、量子誤り訂正アーキテクチャを開発するスタートアップIceberg Quantumとの提携を発表するなど、エコシステムの構築も進めている。PsiQuantumのフォトニクス方式が、量子コンピューティングの実用化に向けた競争において、有力な経路の一つとなり得るか、今後の展開が注目される。


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