QualcommがSnapdragon X Eliteなどに搭載する独自開発のOryon CPUコアについて、Arm技術の使用率は1%未満だとする見解を、デラウェア州連邦地裁での裁判で明らかにした。この発言は、両社間で続く知的財産権を巡る法的争いの焦点となっている。
Oryon開発の経緯とArm技術使用の実態
Qualcommの現行Oryon CPUコアの起源は、2019年に設立されたNuvia社にさかのぼる。同社は元Apple技術者のGerard Williams IIIらが創設し、当初はデータセンター向けの高性能かつ省電力なCPUコア(コードネーム:Phoenix)の開発を目指していた。
技術基盤として、NuviaはArmから2種類の譲渡不能なライセンスを取得した。既存コアの再設計を可能にする技術ライセンス契約(TLA)と、カスタムコア設計を可能にするアーキテクチャライセンス契約(ALA)である。ただし、Nuvia社の開発チームは当初からカスタムコアの開発を目標としていたため、Armの物理的な知的財産権をほとんど使用せずに、独自の設計を進めた。
具体的には、ArmのISA(命令セットアーキテクチャ)のうちArmv8を採用しつつも、パイプライン、実行ユニット、キャッシュシステムなどのCPU内部構造は全て独自に設計している。これはArmのISAライセンシーに認められた権利であり、Armの命令を正しく実装する限り、独自のマイクロアーキテクチャを設計することが可能となっている。その結果、完成したコアはArmv8に準拠しながらも、命令セットと基本仕様以外のArmが設計した技術をほとんど含まない製品となった。
2021年、QualcommはNuviaを14億ドルで買収。当初データセンター向けだった開発目標をPC向けに転換し、現在のSnapdragon X Elite等に搭載されるOryonコアとして結実した。この買収後、ArmはQualcommに対してライセンス条件の再交渉を要求。Qualcommがこれを拒否したことで、Armは2022年にNuviaのライセンスを取り消し、さらに2023年10月にはQualcommのALAも終了させるという強硬措置を取った。
現在の争点は、Nuviaのアーキテクチャライセンスとそれに基づく独自設計が、Qualcommによる買収後も使用可能かどうかにある。
Williams氏は法廷での証言で、最終的な設計におけるArm技術の使用率を「1%以下」と明確に述べている。この証言は、NuviaのCPUコアが実質的にほぼ完全なオリジナル設計であることを示す重要な証拠として注目されている。
しかし同時に、この技術的独自性が、ライセンス契約上の「派生物」や「修正」という法的解釈とどのように整合するかが、現在の訴訟における中心的な争点となっている。
Armの弁護士は、ライセンス契約において「派生物」や「修正」と定義される全てがArm技術に帰属すると主張。一方Qualcomm側は、自社のALAがNuviaをカバーするとして、Armが要求するライセンス条件の再交渉を拒否している。
業界アナリストによれば、QualcommはArmに年間約3億ドルのライセンス料を支払っているとされる。また法廷で提示された証拠によると、Nuvia買収によってArmは年間5000万ドルの追加収入機会を失ったとしている。
Xenospectrum’s Take
この訴訟の行方は、半導体業界全体に大きな影響を及ぼす可能性がある。特にAppleのM1/M2/M3チップの成功を受けて、Windows PCメーカーがArmベースチップへの移行を加速させようとしている中、QualcommのOryon CPUの法的位置付けは極めて重要だ。
皮肉なことに、かつてArmアーキテクチャの普及に貢献してきたQualcommが、今やArmにとって「困った存在」となっている。この状況は、知的財産権とイノベーションの境界線が曖昧になりつつある現代の半導体産業が抱える本質的な課題を浮き彫りにしているとも言えるだろう。
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