Intelは、x86命令セットを簡素化することを目的とした「x86S」仕様の開発を終了することを明らかにした。この決定は、同社がAMDやGoogleなど業界大手と共同で立ち上げた「x86 Ecosystem Advisory Group」の設立に伴う最初の大きな方針転換となる。
x86S計画の概要と終了の経緯
x86S計画は、数十年にわたって累積してきたx86命令セットの複雑性に対する、Intelの野心的な解決策として位置付けられていた。
x86命令セットの複雑性は、8086プロセッサの時代から始まる16ビット命令群に端を発し、その後32ビット、64ビットシステムへの移行に伴って追加された命令群、さらにはベクトル処理やマトリックス演算のサポートなど、様々な機能拡張によって増大の一途をたどってきた。その結果、現在この命令セットは、Intel社内の一部のエンジニアとAMDの専門家のみが完全に理解できるほどの規模と複雑さを有するに至っている。
この状況を打開すべく提案されたx86Sでは、いくつかの大胆な簡素化が計画されていた。最も重要な変更点として、プロセッサの保護モデルにおけるリング1とリング2の完全な廃止が挙げられる。また、16ビットアドレッシング機能の削除やレガシーな割り込みコントローラのサポート終了など、歴史的な互換性維持のために残されてきた機能の整理が予定されていた。
特に注目すべき革新として、ブートプロセスの抜本的な簡素化があった。現行のシステムでは、64ビットモードで動作させるために、まず複数のレガシーモードを経由してブートする必要があるが、x86Sではこの制約を取り除き、直接64ビットモードでの起動を可能にする設計が提案されていた。さらに、現代的な5レベルページングのサポートについても、より効率的な実装が計画されていた。
しかしながら、2023年5月の仕様草案公開から2024年6月の1.2版リリースを経て、この野心的な計画は最終的に終了することとなった。この決定の背景には、新設された「x86 Ecosystem Advisory Group」の存在が大きく影響している。IntelとAMDという二大x86アーキテクチャライセンシーが、Google等の主要技術企業と共同でこの団体を設立したことで、x86アーキテクチャの将来的な発展は、エコシステム全体での合意形成を通じて進められることとなった。
この変更は、特にArm陣営との競争が激化する中で、x86エコシステムの団結を強化する狙いも含んでいると考えられる。Intelが単独で推進してきたx86S計画は、こうした業界全体の方向性の中で、その役割を終えることとなったのである。なお、この決定には、Intel社内で進行中の大規模なリストラクチャリングや、新CEOの選考プロセスなども影響を与えた可能性が指摘されている。
業界への影響と今後の展望
Intelの広報担当者は、Tom’s Hardwareに対して「AMDや他の業界リーダーとの協力のもと設立したx86 Ecosystem Advisory Groupが示すように、我々はx86アーキテクチャへの深いコミットメントを持ち続けています。x86S計画からは方向転換しましたが、x86エコシステム内でのイノベーションとコラボレーションの推進に引き続き注力していきます」とコメントしている。
なお、IntelのFRED(Flexible Return and Event Delivery)やAVX10仕様など、他の将来を見据えた取り組みについての今後の方針については現時点で明らかにされていない。
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