宇宙の終焉シナリオの一つである真空崩壊現象を、量子アニーリングを用いてシミュレーションすることに成功したことが発表された。これは、宇宙論と量子コンピュータの発展に貢献する画期的な成果であり、宇宙の基礎物理学に関する最も困難な問題のいくつかを解決する糸口になる可能性を秘めた物と言える。
宇宙の真空崩壊現象を量子アニーリングで解明
宇宙は、ビッグバン直後のインフレーション時代に「偽の真空」と呼ばれる準安定状態に陥った可能性がある。この「偽の真空」は、宇宙が安定に見えても、より安定な「真の真空」状態に移行する可能性を秘めている。この真空崩壊は、宇宙の構造を根底から変える可能性があり、物理学における重要な謎の一つとされてきた。
ユリッヒ・スーパーコンピューティング・センター、リーズ大学、科学技術研究所オーストリアの国際研究チームは、量子アニーリングという特殊な計算手法を用いて、この真空崩壊のメカニズムを解明するシミュレーション研究を実施。その研究成果がNature Physics誌に掲載された。
量子アニーリングによる泡の生成と相互作用の再現
研究チームは、D-Wave Systems社が開発した5,564量子ビットの量子アニーリングマシン「Advantage_system5.4」を使用。超伝導フラックス量子ビットを用いて、強磁性量子イジング模型における偽真空崩壊をシミュレーションした。
具体的には、偽真空における「真の真空の泡」の生成、成長、相互作用を量子アニーラー上で再現。泡のダイナミクスを観測することで、真空崩壊の初期段階における量子効果や、泡同士の相互作用が崩壊プロセス全体に与える影響を詳細に調査した。
リーズ大学のZlatko Papic教授は「私たちは宇宙の構造を完全に変えてしまうプロセスについて研究しています。このプロセスでは基本的な物理定数が瞬時に変化し、私たちが知っている世界は崩壊するでしょう」と述べ、真空崩壊の破局的な性質を強調した。
量子シミュレーションが示す新たな宇宙像
シミュレーションの結果、偽真空崩壊における泡の生成は、孤立した現象ではなく、泡同士の複雑な相互作用によって促進される集団的なプロセスであることが判明。特に、小さな泡が大きな泡の成長を促すなど、泡のサイズによって相互作用の性質が変化することも明らかになった。
また、量子アニーリングによるシミュレーションは、従来の計算手法では困難であった非平衡量子系のダイナミクスを解析する上で極めて有効であることが実証された。
ユリッヒ研究センターの筆頭著者であるJaka Vodeb博士は「大規模量子アニーラーの能力を活用することで、我々のチームは、従来の計算手法では探求が困難な非平衡量子系と相転移の研究への新たな道を開きました」と述べている。
量子コンピュータが拓く宇宙論の未来
今回の研究は、宇宙論における重要な謎である真空崩壊のメカニズム解明に貢献するとともに、量子コンピュータが基礎物理学における難問解決に役立つ可能性を明確に示した点で大きな意義を持つ。
研究チームは今後、現在の1次元模型に加え、より現実的な3次元系でのシミュレーションにも挑戦する予定。量子コンピュータの発展とともに、宇宙の真空崩壊やインフレーション、さらには量子重力といった根源的な問題に対する理解が深まることが期待される。
科学技術研究所(ISTA)のJean-Yves Desaules博士は「この現象は、軌道上にいくつかの谷があるジェットコースターに似ていますが、真に最も低い状態は1つだけで、地上レベルにあります」と説明する。「もしそうであれば、量子力学により、宇宙は最終的に最低エネルギー状態、つまり『真の真空』へとトンネル効果で移行する可能性があります。そしてその過程は、壊滅的な全球規模の出来事をもたらすでしょう」
論文
- Nature Physics: Stirring the false vacuum via interacting quantized bubbles on a 5,564-qubit quantum annealer
参考文献
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