夏の暑い日にスマートフォンで動画撮影をしていると警告が表示された事がないだろうか?これは、高温にスマートフォンが耐えられない可能性があるため、意図的に性能を下げるか、場合によってはシャットダウンする必要が生じるからだが、今後はそうした必要がなくなるかも知れない。
今回、ペンシルバニア大学の研究者らは、極端な高温でも動作する新しいタイプのメモリを開発した。この新しいメモリは、より過酷な条件下でも動作させることができるため、特に大規模なAIシステムにとって最適なソリューションとなる可能性があると言う。
ペンシルバニア大学の研究者らが開発したのは、誘電性窒化アルミニウム・スカンジウム(AlScN)ベースの不揮発性強誘電体ダイオード(フェロダイオード)メモリだ。USBメモリやSSDのような、電源を必要とせずにデータを保持出来る類いのメモリである。
従来のシリコンベースのフラッシュデバイスでは、摂氏200度程度で故障してしまう危険があった。だが、今回ペンシルバニア大学の研究者らが開発したAlScNベースのデバイスでは、なんと摂氏600度でも正常動作する事が確認出来たという。
「AlScNの結晶構造はまた、原子間の結合を著しく安定させ、強くしています。しかし、さらに注目すべきは、我々のメモリー・デバイスの設計と特性によって、電気的な状態の高速切り替えが可能になったことです」と、論文の筆頭著者あるDhiren Pradhan氏は述べている。
新たなメモリ・デバイスは、ニッケルとプラチナの電極に薄い(45ナノメートル)AlScN層を組み込んだ「金属-絶縁体-金属」構造で構成されている。高温では粒子の動きが不安定になるため、厚さが重要になり、これを突き止めるのが難しかったという。「薄すぎると、活性が高まるために拡散が起こり、材料が劣化してしまいます。厚すぎると、私たちが求めていた強誘電体のスイッチングができなくなります。スイッチング電圧は厚さによって変化し、実用的な動作環境では限界があるからです。私の研究室とRoy Olssonの研究室は、このゴルディロックスの厚さを見つけるために何カ月も一緒に研究しました」と、ペンシルバニア大学電気・システム工学科のDeep Jariwala氏は述べている。
テストでは、15ボルト以下で動作させながら、摂氏600度(華氏1,112度)という驚異的な温度で60時間以上メモリを動作させることができた。プレスリリースによれば、これは現在市販されているメモリー製品の耐熱性の2倍以上だという。
さらに、メモリ・デバイスの設計と特性は、高速でのデータの読み書きに不可欠な、状態間の高速スイッチングを可能にする。
この新しいメモリの潜在的な用途はとても大きい物だ。一般消費者にとっては、夏の暑い日にスマートフォンを使用する際のサーマルスロットルが無縁の物になるかも知れない。また、積極的な冷却をあまり必要としないコンピューターが実現し、電気代が削減される可能性もある。
加えて、Jariwala氏によると、この技術により、プロセッサーとメモリーをより密接に統合した新しいデバイスが実現でき、現在のコンピューティング・アーキテクチャが抱える、中央処理装置とメモリが分離しているため、データがこれらのコンポーネント間を移動しなければならないという非効率性によるボトルネックを解消することに繋がるかも知れないという。
「私たちのメモリ・デバイスの安定性は、メモリとプロセッシングをより密接に統合することを可能にし、コンピューティングのスピード、複雑さ、効率を向上させます。私たちはこれを『メモリ強化型コンピュート』と呼び、他のチームと協力して、新しい環境におけるAIの舞台を整えようとしています」と、Jariwala氏は語る。
高温メモリはさらに、地球深部の掘削や宇宙探査のような、現代のメモリ技術が苦手とする極限環境でも活躍する可能性がある。Jariwala氏は、「これは単にデバイスを改良するだけではなく、科学技術の新たなフロンティアを可能にするものだ」と語った。
論文
- Nature Electronics: A scalable ferroelectric non-volatile memory operating at 600 °C
参考文献
- University of Pennsylvania: Turning up the heat on data storage
研究の要旨
極限環境エレクトロニクスの開発には、高温で確実に動作する不揮発性メモリー・デバイスが必要である。しかし、このようなデバイスの開発は依然として困難である。ここでは、窒化アルミニウムスカンジウム(Al0.68Sc0.32N)強誘電体ダイオードをベースとし、600℃までの温度で動作可能な不揮発性メモリーデバイスについて報告する。このデバイスは、4インチ・シリコンウエハー上に成長したニッケル/AlScN/白金の金属-絶縁体-金属構造で構成されている。このデバイスは、600℃まで明確な強誘電スイッチングを示し、オンとオフの状態が明瞭である。AlScNフェロダイオードの動作電圧は、600 °Cで15 V未満であるため、炭化ケイ素ベースの高温ロジック技術と互換性がある。
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