中国科学院の研究グループが、量子力学から導き出される世界の奇妙な特性「量子もつれ」を用いることで、「量子エンジン」を駆動させると言うマイルストーンを達成し、エネルギー効率を劇的に高める動力供給方式の実現に向けた一歩を踏み出した。
エネルギー効率に革命をもたらす可能性
量子もつれは、分離された光子のペアが距離に関係なく密接にリンクし続ける現象で、例えば銀河の両端に配置された量子もつれ状態の二つの粒子において、片方の性質を測定すれば、もう片方の性質が瞬時に決定してしまうような性質であり、まるで二つの粒子の間の情報が光速を遥かに超え、次元を超えた通信を確立しているかのような、現実からは想像も出来ないような性質のことだ。
中国科学院の精密測定科学技術革新研究院の研究者たちは、このブレイクスルーが量子エンジンがもつれ状態を燃料として利用できる可能性を示していると指摘したとSouth China Morning Postは報じている。
「我々の研究のハイライトは、もつれの特性を持つ量子エンジンの最初の実験的実現ですが。もつれが一種の『燃料』として機能することを定量的に検証しました」と、著者の一人であるZhou Fei氏は述べている。
従来の熱燃焼によるエンジンとは異なり、量子エンジンはレーザーを使用して粒子を量子状態間で遷移させ、光を運動エネルギーに変換する。
さらに、量子エンジンは理論的には古典的熱力学の限界を超え、エネルギー変換効率が25%以上に達する可能性があり、大規模な量子コンピュータや回路を動力源とするのに十分な効率を達成する可能性がある。
チームは、イオントラップに閉じ込めた超低温の40Ca+イオンを量子エンジンの作動物質として使用し、外部レーザーエネルギーをイオンの振動エネルギーに変換する熱力学サイクルを設計した。
「我々は、回転する二つのイオンのもつれ状態を作動物質として選び、その振動モードを負荷として使用しました。レーザーの周波数、振幅、持続時間を正確に調整することで、イオンを初期の純粋な状態から高度にもつれた状態へと遷移させました。エンジンの性能を評価するために、二つの観点を見ました。変換効率、すなわち使用した光子ごとに生成される振動(フォノン)の数と、機械効率、すなわち出力される全エネルギーに対して実際に利用できるエネルギーの割合です」とZhouは述べている。
10,000回以上の実験の分析により、イオンのもつれの度合いが高いほど機械効率が向上することが示されたが、変換効率はもつれの度合いにほとんど影響されないことがわかった。これは、物理学者にとってそのメカニズムが神秘的であるにもかかわらず、量子エンジンにおいてもつれが「燃料」として機能することを示唆している。
「量子エンジンは現在非常に活発な研究分野であり、多くの理論解析と研究が行われていますが、実験結果はほとんど提供されていません」と、Zhou氏は指摘する。
この研究は、量子モーターやバッテリーなどのマイクロエネルギーデバイスの開発に新たな視点を提供し、作動物質のもつれ特性が最大抽出可能エネルギーを向上させることを示唆している。
Zhou氏によれば、量子バッテリーは電気自動車で使用されるバッテリーほど多くのエネルギーを蓄えることはできないかもしれないが、その真の利点は大規模な量子コンピュータや回路を動力源とする能力にあるという。
「今後の課題は、もつれ状態の忠実度を損なうことなく作動物質の数を増やし、出力を強化することにあります」と彼は述べた。
論文
- arXiv: Energy-conversion device using a quantum engine with the work medium of two-atom entanglement
参考文献
- South China Morning Post: Chinese scientists harness power of ‘entanglement’ to fuel quantum engine
研究の要旨
量子もつれは量子情報処理に不可欠な資源と考えられているが、量子領域におけるエネルギー変換や出力にもつれが役立つかどうかは、まだ実験的な検証が不十分である。ここでは、調和ポテンシャル中に閉じ込められた2つのもつれイオンを作動媒体とする、量子エンジンとして動作するエネルギー変換デバイスについて報告する。2つのイオンは、2つのイオンが共有する振動モードの1つに仮想的に結合することでもつれ合い、量子エンジンは別の共有振動モードである量子負荷に結合する。我々は、量子エンジンのエネルギー変換効率を調べるとともに、2つのイオンのもつれ度を変化させ、量子負荷のフォノンの変化を検出することで、量子負荷に蓄積される有用なエネルギー(すなわち、抽出可能な最大仕事)を調べた。この観測により、量子エンジンが生み出す有用なエネルギーはもつれによって供給されるが、エネルギー変換効率には役立たないという定量的な証拠が初めて得られた。この結果は、量子電池の研究に役立つと考えられる。
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