薄いレンズと言えば、一般的に想像されるのはコンタクトレンズだろうか。一般的には0.1mm程度とされているが、世界最薄のレンズはなんとその10万分の1以上の薄さを実現したというのだ。
ナノメートルレベルの厚さのレンズはARゴーグルへの応用も期待出来る
光学レンズは、その曲がった形状によって光線を屈折させ、レンズの向こう側の物体を実際よりも大きく見せることが出来る。レンズは顕微鏡から天体望遠鏡、メガネやコンタクトレンズ、半導体の製造装置やVRゴーグルなど、多種多様な分野で用いられている。
こうして2000年に渡り用いられてきた曲面レンズだが、デメリットがないわけではない。それは、倍率を高めようとするとレンズは巨大で重くなると言う事だ。
レンズを薄くするために、フレネルレンズという別の形のレンズも考案されている。これは、円形の同心円状に並んだ一連の同心円状のプリズムで構成されているレンズで、のこぎり状の断面を持っている。これにより、レンズの厚さを削減しつつ、光を効率的に集めることができるのだ。各プリズムは、その位置に応じて異なる角度で設計されており、光の進行方向を変えることで集光や発散の効果を生み出す。
今回、University of Amsterdamの研究者らが達成した世界最薄のレンズはこのフレネルレンズのように、タングステンジスルフィド(略してWS2)と呼ばれる独自の材料の単一層の同心円で作られている。これによって、幅0.5ミリメートル、厚さわずか0.0000006ミリメートル、つまり0.6ナノメートルの平面レンズを構築したのだ。
このレンズの更に際立った特徴は、WS2内の量子効果に依存して集光効率が高まる点である。これらの効果により、特定の波長で効率的に光を吸収し再放出することができるため、レンズはこれらの波長でより良く機能する内蔵機能を持つ。
どのように機能するかというと、まずWS2は光を吸収し、電子をより高いエネルギーレベルに送る。材料の超薄構造のため、負に帯電した電子とそれが残した原子格子内の正に帯電した「ホール」は、静電引力によって結合したまま「エキシトン」と呼ぶ短命の準粒子を形成する。このエキシトンは、電子とホールが再結合して光を放出することで迅速に消える。この再放出された光がレンズの効率に貢献するのだ。
このレンズのもう一つのユニークな特徴は、それを通過する光の一部が明るい焦点を作る一方で、大部分の光は影響を受けずに通過することである。これは一見欠点のように思えるが、実際には未来の技術での利用に新たな道を開く。「レンズは、レンズを通して見る景色が妨げられず、一部の光を取り込んで情報を収集するアプリケーションに使用できます。これにより、拡張現実用のウェアラブルメガネに最適です」と、この論文の著者の一人であるJorik van de Groep氏は説明する。
研究チームは、次のステップとして、小さな電気刺激で作動するより複雑なコーティングを作成できるかどうかを調べる予定であるとのことだ。
論文
- Nano Letters: Temperature-Dependent Excitonic Light Manipulation with Atomically Thin Optical Elements
参考文献
- University of Amsterdam: The thinnest lens on Earth, enabled by excitons
- via Science Daily: The thinnest lens on Earth, enabled by excitons
研究の要旨
WS2のような単層2次元半導体は、原子レベルの薄さの光学素子を可能にする励起子共鳴により、他に類を見ない強い光-物質相互作用を示す。形状に依存するプラズモン共鳴やミー共鳴と同様に、これらの物質固有の共鳴は、コヒーレントで調整可能な光散乱を提供する。これまでのところ、励起子の時間的ダイナミクスがこのような励起子メタサーフェスの性能に与える影響については未解明のままである。ここでは、励起子の減衰速度が、剥離した単層WS2から直接切り出した原子レベルで薄いレンズの集光効率を決定することを示す。レンズの焦点において、コヒーレントな励起子放射を非コヒーレントなバックグラウンドから分離することにより、波面整形における励起子放射の役割を直接測定することができる。さらに、集光効率を温度の関数として評価することにより、励起子-フォノン散乱の影響を調べ、極低温での光学効率の向上を実証した。この結果は、2次元ナノフォトニックデバイスにおける励起子光散乱の役割について貴重な洞察を与えるものである。
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