世界最大の半導体ファウンドリーである台湾のTSMCが、米国の対中輸出規制を回避して中国のHuawei Technologiesに半導体を供給した疑いで、米商務省の調査対象となっていることが明らかになった。この調査結果次第では、AppleのiPhoneチップ生産にも影響を及ぼす可能性があり、業界全体が固唾を呑んで事態の推移を見守ることになりそうだ。
米商務省によるTSMC調査の概要と背景
米商務省は、TSMCがHuaweiに対して5Gスマートフォン用チップやAI用チップを製造・供給した可能性があるとして調査を開始した。The Informationの報道によると、この調査は昨年秋に開始されたとされる。
背景には、2020年に米国がHuaweiを国家安全保障上のリスクとみなし、同社への先端技術の輸出を禁止する制裁を課したことがある。この制裁により、Huaweiは5G対応のスマートフォンを製造できなくなり、グローバル市場でのシェアを急速に失っていった。
しかし、2023年になって突如としてHuaweiがMate 60という5G対応スマートフォンを発表し、業界に衝撃を与えた。米国の国家安全保障顧問までもが、この予想外の展開にコメントを発するほどの騒動となったのである。
米国の制裁下でHuaweiが5Gチップを入手できたという事実は、誰かが規制を回避した可能性を強く示唆している。その矛先が、半導体製造の最先端を走るTSMCに向けられたのだ。
TSMCの対応と潜在的な影響
この疑惑に対し、TSMCは迅速に声明を発表した。同社は「法律を遵守する企業」であり、「輸出規制を含む法律や規制の遵守に尽力している」と主張している。さらに、TSMCは「コンプライアンスを確保するための監視システムを備えた輸出システム」を維持していると The Information に語っている。
しかし、米国当局の疑念は根強い。米商務省は、TSMCがHuaweiに直接チップを販売したか、あるいは「仲介企業」を通じて間接的に供給した可能性を調査しているという。顧客確認要件により、TSMCは意図せずにHuaweiに米国製チップを供給することがないよう求められている。
調査結果次第では、TSMCは深刻な影響を受ける可能性がある。過去の類似事例を見ると、昨年Seagateが7百万台のディスクドライブをHuaweiに出荷したことで3億ドルの罰金を科されている。TSMCの場合、罰金だけでなく、米国製技術へのアクセス制限という「より厳しい罰則」に直面する可能性もある。
TSMCは調査に全面的に協力する姿勢を示している。「潜在的な問題があると信じる理由がある場合、迅速に行動を起こしてコンプライアンスを確保する」と述べ、必要に応じて顧客や規制当局とのコミュニケーションも行うとしている。
Huaweiの5Gスマートフォン復活の謎
この調査の発端となったのは、Huaweiが2023年に発表したMate 60スマートフォンである。米国の制裁下にあるにもかかわらず、Huaweiが5G対応チップを搭載したスマートフォンを市場に投入できたことは、業界に大きな衝撃を与えた。
米国国家安全保障担当大統領補佐官のJake Sullivan氏も当時以下の様な声明を発表している:
Q:Huaweiは新型スマートフォンで画期的な進歩を遂げ、中国のチップメーカーSMICが製造した最先端のチップを使用していることを示しました。 この進展について、あなたはどのように懸念しているのでしょうか? また、米国の輸出規制が失敗していること、あるいは彼らが輸出規制に違反していることを証明するものなのでしょうか?
A:問題の特定のチップについては、その特徴や構成について正確な情報が得られるまでコメントを差し控えるつもりです[……]しかし、問題のチップの特徴については、もっと情報を得る必要があります。
「中国企業にはチップを製造するのに必要な技術がないはずなのに、どうしてそれが可能だったのか、誰も理解できなかった」という。この謎を解明すべく、米国当局はTSMCに対し、「Huawei向けにスマートフォン用チップまたはAIチップを製造したかどうか」を問い合わせたとされる。
米国当局の疑念は、TSMCがHuaweiに直接チップを販売したか、あるいは「別名で注文を行う仲介企業」を通じて間接的に供給した可能性に向けられている。さらに、TSMCがHuaweiの独自AIチップの設計を支援した可能性も調査対象となっているという。
この事態は、米国の輸出規制の有効性に疑問を投げかけるものでもある。米国の技術を使用してチップを生産する企業は、そのチップをHuaweiに販売することを禁じられているはずだ。また、顧客がHuaweiの規制回避を支援していないかどうかを監視することも求められている。
Huaweiの5Gスマートフォン復活は、単なる技術的な問題を超えて、米中のハイテク覇権争いの新たな局面を象徴する出来事となっている。
Appleへの潜在的影響と業界への波及効果
TSMCへの調査は、同社の主要顧客であるAppleにとっても大きな懸念材料となる。TSMCが何らかの制裁を受けた場合、Appleのチップ生産に影響が及ぶ可能性があるからだ。
最悪のシナリオとして、TSMCが一時的に米国の技術やエッチング装置へのアクセスを制限された場合、新しい生産ラインの立ち上げや既存のラインの維持が困難になる可能性がある。これは、AppleのモバイルチップやMacチップの生産に深刻な制約をもたらす恐れがある。
そのような事態に陥れば、Appleは代替のチップパートナーを探さざるを得なくなるだろう。しかし、Appleの製造規模を考えると、新たなパートナーへの移行は遅く、極めてコストのかかるプロセスとなる可能性が高い。
さらに、この問題はAppleだけにとどまらない。TSMCは、NVIDIA、Qualcommなど、多くのハイテク企業にチップを供給している。TSMCへの制裁は、AI、自動車、IoT(Internet of Things)、高性能コンピューティングなど、幅広い産業に波及効果をもたらす可能性がある。
特に、AIブームの只中にある現在、TSMCの生産能力に制約がかかれば、世界のAI開発競争にも影響を与えかねない。米国が目指す「AIにおける競争力の維持」という目標にも、皮肉にも逆効果をもたらす可能性があるのだ。
米国のCHIPS法投資との矛盾
TSMCへの調査は、米国の半導体産業振興政策との整合性という観点からも注目を集めている。特に、CHIPS and Science Act(CHIPS法)に基づくTSMCへの巨額の投資との矛盾が指摘されている。
2023年4月、米商務省はTSMCに対して66億ドルのCHIPS法に基づく資金を提供すると発表した。この資金は、「TSMCのアリゾナ州フェニックスにおける3つのグリーンフィールド先端ファブへの650億ドル以上の投資を支援する」ためのものだ。
商務省は、この投資が「世界最先端の半導体を製造する信頼できる国内供給源を提供することで、経済安全保障と国家安全保障を強化する」と述べている。特に、AIブームやその他の急成長産業を支える重要なハードウェア製造能力を米国に確保することが目的とされている。
しかし、今回の調査でTSMCに違反行為が認められた場合、米国はジレンマに直面する。TSMCへのアクセスを制限すれば、自国の半導体産業振興策を自ら妨げることになりかねないのだ。
また、CHIPS法には「外国の懸念国(中国など)に直接的または間接的に利益をもたらすようなCHIPS資金の使用を防止する」ための規定も含まれている。TSMCがHuaweiのAIチップ製造を支援していたことが明らかになれば、この規定に抵触する可能性もある。
最悪の場合、TSMCは「技術クローバック」条項違反により、CHIPS法資金の全額返還を求められる可能性すらある。ただし、TSMCがIntelに次いで2番目に多くの資金を受け取っていることを考えると、そのような厳しい措置が取られる可能性は低いとの見方もある。
この状況は、技術覇権を巡る米中対立と、グローバルなサプライチェーンの複雑さを浮き彫りにしている。米国は自国の安全保障と経済的利益のバランスを取るという難しい課題に直面しているのだ。
Source
- The Information: U.S. Probes TSMC’s Dealing With Huawei
コメント