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世界最小90nmのLEDピクセル:浙江大学が127,000PPIディスプレイを開発

Y Kobayashi

2025年3月31日

浙江大学とケンブリッジ大学の研究チームが、ペロブスカイト半導体を用いて世界最小となる90nm(ナノメートル)のLEDピクセル開発に成功した。これにより1インチあたり127,000ピクセル(PPI)という記録的な超高密度ディスプレイが実現可能となり、次世代の拡張現実(AR)や仮想現実(VR)技術への応用が期待される。

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世界最小LEDによる記録的高解像度の実現

電子デバイスの小型化、すなわち「ダウンサイジング」は、コンピューター性能の向上や情報ディスプレイ技術の革新を駆動してきた中心的な概念だ。近年、ディスプレイ技術においては、従来の液晶や有機EL(OLED)を超える存在として、マイクロLED(μLED)が注目を集めている。しかし、既存のマイクロLED技術には課題も存在する。

浙江大学先進フォトニクス国際研究センターの副所長であるDi Dawei教授と同大学のZhao Baodan教授が率いる研究チームは、ペロブスカイト半導体を用いた「マイクロ・ナノペロブスカイトLED(micro/nano-PeLEDs)」の開発により、従来技術の限界を打破した。彼らが作成したLEDピクセルは、最小で90nm(ウイルスと同程度のサイズ)という、これまでに報告された中で世界最小のサイズを実現している。

この極小サイズのLEDピクセルにより、1インチあたり127,000ピクセル(127,000 PPI)という驚異的な密度のディスプレイが可能となった。比較として、現在市販されている最先端マイクロLEDディスプレイ搭載のApple Vision Proヘッドセットでも、ピクセルサイズは約7,500nm(人間の赤血球サイズ)、解像度は約3,386 PPIに留まっている。浙江大学のチームが開発したディスプレイは、現在の最先端技術と比較して、ピクセルサイズで約83分の1、密度では約37倍という桁違いの性能向上を実現したことになる。

この研究成果は2025年3月19日に科学誌『Nature』に掲載された。

従来のマイクロLEDが抱える課題

現在、高精細ディスプレイ向けの最先端技術とされるマイクロLEDは、主に窒化ガリウム(GaN)などに代表されるIII-V族半導体を用いて作製される。これらのマイクロLEDは高い輝度と応答速度を持つが、製造プロセスが複雑でコストが高いという問題がある。エピタキシャル結晶成長やマストランスファーといった高価な工程が必要となるためである。

さらに深刻なのは、ピクセルサイズを微細化していく過程で性能が低下する点だ。特に、AR/VRデバイスで要求される超高解像度を実現するために不可欠とされる10マイクロメートル(μm)以下のピクセルサイズになると、マイクロLEDの発光効率は著しく低下してしまう。この「サイズ効果」による効率低下が、マイクロLED技術の本格的な普及、特にコンシューマー向けAR/VRデバイスへの展開における大きな障壁となっていた。

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ペロブスカイト半導体が切り開く技術革新

研究チームはこの問題を解決するため、ペロブスカイトという新しい半導体材料に着目した。ペロブスカイトは結晶構造を持つ材料で、安価で製造が容易であり、光の吸収と放出に非常に効率的という特性を持つ。元々は次世代太陽電池材料として注目されていたが、その優れた光電変換効率がディスプレイ技術にも応用できることが示された。

「電子デバイスをより小さくすることは、科学者やエンジニアにとって永遠の目標です。ペロブスカイトLED(PeLED)は、表示および照明用途のための新興技術です。数年前、私たちはマイクロLEDやマイクロOLEDで行われているように、ペロブスカイトLEDをより小さくするのが良いアイデアかもしれないと考えました。2021年に『マイクロペロブスカイトLED』の概念を導入して以来、デバイスをさらに小さくし、LEDのダウンスケーリング限界を探求したいと考えていました」と、Di教授は述べる。

しかし、ペロブスカイト材料は化学的・物理的にデリケートであり、半導体製造で一般的に用いられるフォトリソグラフィ(光を使って微細なパターンを形成する技術)による直接的なパターニングが難しいという課題があった。リソグラフィ工程で用いられる化学薬品やプロセスが、ペロブスカイト材料を損傷させ、発光特性を劣化させてしまうためである。浙江大学の博士課程学生であり、論文の第一著者であるLian Yaxiao氏は次のように説明する。「従来の光リソグラフィープロセスはペロブスカイト材料にダメージを与えてしまうため、ペロブスカイト層を直接パターニングするのには適していません。そのため、他の機能層をパターニングする必要がありました」。

この問題を回避するため、研究チームは「局所接触製造法(localized contact fabrication scheme)」と呼ばれる新しい手法を考案した。これは、ペロブスカイト層自体を直接加工するのではなく、上下の電極層の間に絶縁層を設け、その絶縁層にリソグラフィで微細な窓(開口部)を開けるというものである。電流はこの窓を通してのみペロブスカイト層に流れるため、窓のサイズと位置によって発光するピクセル(活性領域)が精密に定義される。この方法により、ピクセルの活性領域を、加工によって損傷しやすい電極の端から離れた位置に保つことができ、非発光性の損失を抑制して高い効率を維持することに成功した。

この革新的な手法により、研究チームは90nmから数百マイクロメートルまでの範囲のピクセルサイズを持つマイクロおよびナノペロブスカイトLEDを作成することに成功した。緑色と近赤外線のPeLEDは、ピクセルサイズが650マイクロメートルから3.5マイクロメートルという広い範囲にわたって約20%という高い外部量子効率を維持することができた。

最も注目すべき点は、このペロブスカイト技術を用いたLEDでは、約180nmという極めて小さなサイズになって初めてダウンスケーリング効果(効率低下)が現れるということだ。これは、10マイクロメートル以下で効率が急激に低下する従来のIII-V半導体ベースのマイクロLEDと比較して大きな優位性を示している。

次世代ディスプレイへの応用と今後の課題

今回の研究成果は、実験室レベルでの基礎的な達成であるが、実用的なディスプレイ応用への道筋も示されている。研究チームは、TFT(薄膜トランジスタ)技術を専門とする杭州のテクノロジー企業LinkZill社と協力し、開発したマイクロペロブスカイトLEDアレイをTFTバックプレーン(個々のピクセルを駆動するための電子回路基板)で駆動するアクティブマトリクス型の試作ディスプレイを構築。複雑な画像や動画クリップを表示することにも成功している。

このペロブスカイトを用いたマイクロ/ナノLED技術は、AR/VR用ヘッドセット、スマートグラス、ウェアラブルデバイス、さらにはスマートフォンや高精細テレビなど、次世代ディスプレイ技術の光源として非常に大きな可能性を秘めている。従来のマイクロLEDが直面していたコストと微細化に伴う効率低下の問題を解決しうる、ゲームチェンジャーとなるかもしれない。

しかし、実用化に向けてはいくつかの課題も残されている。現時点では、開発されたペロブスカイトLEDは単色(モノクロ)のみであり、現在のディスプレイ技術と競合するためにはフルカラー版の開発が必要である。また、これらのLEDが実際の機器でどれだけの寿命を持つかも未検証の課題となっている。

とはいえ、今回の研究は、ペロブスカイト半導体が持つポテンシャルを改めて示すものであり、ディスプレイ技術におけるダウンサイジングの限界を押し広げる重要な一歩であることは間違いない。今後の技術開発と産業界との連携により、この超高精細・高効率なディスプレイ技術が私たちの視覚体験をどのように変えていくのか、大いに注目される。


論文

参考文献

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