News Corpの傘下にあるDow JonesとNew York Postは2024年4月22日、AI検索エンジンを開発するスタートアップ企業Perplexityに対して著作権侵害訴訟を提起した。訴状によれば、Perplexityは「コンテンツ窃盗制(content kleptocracy)」と形容される手法で、大規模な著作権侵害を行っているとされる。
大手メディアグループによる歴史的な法的対応
この訴訟の特筆すべき点は、単なる著作権侵害の主張にとどまらないことにある。むしろ、AIによる「コンテンツの再利用」という新しい形態のデジタル著作権侵害に対する法的な挑戦という側面を持っている。News Corpは各侵害行為につき15万ドル(約2,250万円)の損害賠償に加え、Perplexityが得た利益の返還を求めている。
今回の訴訟の争点になっているのは、Perplexityが提供する「Skip the Links」機能だ。Perplexityは、この機能によりユーザーがオリジナルの記事にアクセスすることなく、AI検索エンジンが生成した回答のみで情報を得られることを謳っている。News Corpは、この機能が自社のニュースサイトへのトラフィックを著しく減少させ、重要な収益源を奪っていると共に、メディアブランドの価値を著しく毀損する事態も生じていると主張している。
より深刻な問題として、PerplexityのAIシステムによる「ハルシネーション(幻覚)」の発生も指摘されている。具体的な事例として、2024年8月のNew York Postの記事では、Perplexityが記事の冒頭139文字を正確に複製した後、実際には存在しない内容を5段落にわたって付加し、あたかもNew York Postの記事の一部であるかのように提示したという事実が明らかになっている。
メディア業界を二分する対応戦略
興味深いことに、News CorpはAI企業との協力自体には前向きな姿勢を示している。同社は今年初め、OpenAIと推定2億5,000万ドル規模のコンテンツ使用契約を締結した。この契約は、適切な対価を支払ってコンテンツを利用するモデルケースとして注目を集めている。
News CorpのCEO、Robert Thomson紙は「我々は交渉による解決を望んでいたが、ジャーナリストや著述家、そして会社のために、このコンテンツ窃盗制に立ち向かわなければならない。Perplexityは知的財産権を乱用するAI企業の一つに過ぎず、我々が追及する最後の企業でもない」と述べている。
一方で、Time誌やFortune誌などの一部メディアは既にPerplexityとコンテンツ使用に関する契約を締結している。この対応の違いは、デジタルメディアの将来像に対する各社の戦略の違いを鮮明に映し出している。
テクノロジーと法の境界線
Perplexityの技術的アプローチについても議論が白熱している。同社は、WebスクレイピングをAIの学習用データとしてではなく、ユーザーの質問に回答する際の「参照用インデックス」として使用していると主張している。
しかし、Perplexity CEOのAravind Srinivasが同社はrobots.txtファイルによるスクレイピング制限を尊重していると述べる一方で、同社が利用する第三者サービスによる制限回避の可能性が指摘されている。また、「参照用」と「学習用」の境界が極めて曖昧であることや、既存の著作権法との整合性についても疑問が投げかけられている。
法的判断の影響範囲
この訴訟の結果は、デジタル時代における著作権法の解釈に重大な影響を及ぼすことが予想される。特にAIによる「変換的利用」の判断基準や、フェアユースの範囲、さらにはデジタルコンテンツの二次利用に関する新たな基準が示される可能性が高い。
これらの判断は、AIスタートアップ企業やデジタルメディア、コンテンツアグリゲーション事業、そしてデータブローカーなど、幅広い産業に直接的な影響を与えることになるだろう。
また、News Corpの訴訟に先立ち、The New York TimesもPerplexityに対して警告書を送付している。この連続した法的アクションは、メディア業界全体がAI企業に対して強硬な姿勢を取り始めていることを如実に示している。
Xenospectrum’s Take
この訴訟は、単なる著作権侵害訴訟を超えて、デジタル時代におけるコンテンツの価値と利用のあり方を問う重要な転換点となる可能性が高い。
デジタルメディアの収益モデルは常に進化を求められているが、AIによる「コンテンツの代替」は、その存続自体を脅かす可能性がある。この訴訟の結果は、今後のデジタルメディアのビジネスモデルの方向性を大きく左右するだろう。
また、AIの発展スピードは既存の法体系の想定をはるかに超えている。この訴訟を通じて、技術革新と著作権保護のバランスについて、新たな法的枠組みが示される可能性が高い。
産業構造の観点からも、この訴訟の結果に関わらず、AI企業とコンテンツプロバイダーの関係は大きく変化せざるを得ない。OpenAIとNews Corpの契約に見られるような、新たな協力モデルが標準となる可能性も十分に考えられる。
今後は、他のメディア企業による同様の訴訟提起や、AI企業側の自主規制の強化、さらには立法による新たな規制枠組みの整備なども予想される。この訴訟は、間違いなくデジタルコンテンツの未来を形作る重要な一歩となるだろう。
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