Intelは2023年12月1日、Pat Gelsinger CEOが突然の退任を発表した。同社の業績不振と改革の遅れが背景にあるとされる。後任には暫定的にDavid Zinsner CFOとMichelle Johnston Holthausクライアントコンピューティンググループ責任者が共同CEOとして就任する。
退任の経緯と背景
Pat Gelsinger氏の退任は、先週の取締役会での重要な判断に端を発している。Reutersの報道によると、取締役会はGelsinger氏の野心的な改革計画の進捗に深刻な懸念を示した。特に問題視されたのは、巨額の設備投資を伴う製造能力の拡大計画である。オハイオ州での200億ドル規模の新工場建設など、大規模な投資計画を推進する一方で、業績の回復が見られなかったことが致命的だったとされる。
競争環境の変化も、Intelの苦境を深刻化させた要因である。AIブームの恩恵を受けたNVIDIAの時価総額が3.395兆ドルまで急成長する中、Intelの時価総額は1,072億ドルにとどまっている。さらにAMDも2,276億ドルの時価総額を達成し、かつての「小規模な競合」から脅威的な存在へと成長した。特にデータセンターや高性能コンピューティング市場では、AMDのZenアーキテクチャの成功により、着実にシェアを奪われている状況が続いていた。
製造受託事業への参入も期待したほどの成果を上げられていない。MicrosoftやAmazonなど大手テクノロジー企業との契約は獲得したものの、工場の採算性を確保できるほどの大量発注には至っていない。この状況に対して、チップ業界での企業再建の実績を持つ取締役のLip-Bu Tan氏が、Gelsinger氏の戦略に異を唱えて取締役会を去るなど、経営陣内部でも軋轢が生じていた。
業績面では、2023年に1986年以来初となる年間赤字を計上する見通しとなり、コスト削減のため15,000人規模の人員削減を余儀なくされた。株価も就任時から60%以上下落し、ついには伝統あるダウ工業株30種平均の構成銘柄からもNVIDIAに入れ替わる形で除外されるに至った。さらに皮肉なことに、Gelsinger氏の退任発表直後、同社株価は5%上昇している。
このような状況下で取締役会は、Gelsinger氏に退任か解任かの選択を迫った。最終的にGelsinger氏は退任を選択し、40年以上にわたるIntelでのキャリアに幕を下ろすこととなった。Frank Yeary取締役会議長は声明で、製造競争力の回復と製造受託事業の基盤構築で一定の進展があったことは認めつつも、「投資家の信頼回復にはより多くの取り組みが必要」と述べ、経営刷新の必要性を強調している。
豊富な経験を持つ暫定共同CEO
Intelは今回の経営体制の刷新において、財務と事業運営の両面でバランスの取れた暫定的な共同CEO体制を採用した。David Zinsner氏とMichelle Johnston Holthaus氏という、異なるバックグラウンドを持つ二人の経営者を選出することで、当面の課題である収益性の改善と製品競争力の強化を同時に進める狙いがある。
David Zinsner氏は半導体業界における財務のスペシャリストとして知られる。Micron Technologyで執行副社長兼CFOを務めた経験を持ち、2022年1月にIntelのCFOとして入社した。それ以前にはAffirmed NetworksでCOO(最高執行責任者)を、Analog Devicesではシニア・バイス・プレジデント兼CFOを歴任している。25年以上にわたる半導体・製造業での財務経験は、現在のIntelが直面している収益性の課題に対処する上で重要な資産となるだろう。
一方のMichelle Johnston Holthaus(通称MJ)氏は、約30年にわたりIntel一筋で歩んできたベテラン経営者である。クライアントコンピューティンググループ(CCG)の責任者として実績を上げる以前は、最高収益責任者(CRO)やセールス・マーケティンググループの統括責任者も務めた。特にPCプロセッサ事業での豊富な経験は、Intelの主力事業の立て直しに不可欠となる。今回の人事では、Intel Products部門のCEOという新設ポストにも就任することが決まっており、消費者向け事業からデータセンター、AI、ネットワーク、エッジコンピューティングまでを統括することになる。
Frank Yeary取締役会議長は、この共同CEO体制について「製品グループを当社の全ての活動の中心に据えることが最優先事項である」と説明している。特にHolthausの製品部門CEO就任は、顧客ニーズへの対応を強化する意図の表れといえる。同時に「製造におけるリーダーシップの回復が製品のリーダーシップにとって不可欠」とも述べており、製造技術の立て直しも引き続き重要課題として認識していることを示している。
両CEOは共同声明で「顧客ニーズへの対応を最優先し、製品とプロセスのリーダーシップを前進させる」と表明。また「ファウンドリー投資のリターンを向上させることに注力する」とし、Gelsingerが推進してきた製造受託事業についても、より収益性を重視したアプローチを取る姿勢を示している。この暫定的な共同CEO体制は、恒久的な後任者が決定するまでの移行期間として機能することになるが、その間にIntelの事業構造をより筋肉質なものへと変革することが期待されている。
Pat Gelsinger氏の経歴と功績
Pat Gelsinger氏のキャリアは、1979年にわずか18歳でIntelに入社したところから始まる。当時のシリコンバレーで最も重要な企業の一つであったIntelで、若きGelsinger氏は並外れた技術的才能を発揮した。1989年に発売された画期的な80486プロセッサの主任設計者として重要な功績を残し、このプロセッサは当時のパーソナルコンピュータの性能を大きく向上させることに貢献した。
その技術力と指導力が認められ、Gelsinger氏は32歳という異例の若さでIntel史上最年少の副社長に就任。2001年には最高技術責任者(CTO)に昇進し、Intelの開発者フォーラムでは基調講演を務めるなど、同社の技術戦略の顔として活躍した。多くの業界関係者からは、将来のCEO候補として有力視されていた。
しかし2009年、Gelsinger氏は30年間勤めたIntelを去り、EMCのプレジデントとして新たなキャリアをスタートさせる。2012年にはVMwareのCEOに就任。クラウドコンピューティングとデータセンターの仮想化技術の分野で同社を成長させた。2016年にDellがEMCとVMwareを買収した後も、VMwareのCEOとして手腕を発揮し続けた。
2021年2月、Gelsinger氏は「故郷」とも言えるIntelにCEOとして復帰する。当時のIntelは、前CEOのBrian Krzanich氏時代に製造技術で蓄積された問題と、一時的なCEOを務めたBob Swan氏の下での方向性の不明確さから、深刻な危機に直面していた。
CEOとしてのGelsinger氏は、「IDM 2.0」と呼ばれる野心的な戦略を打ち出した。これは「Integrated Device Manufacturer(統合デバイスメーカー)」の略で、チップの設計と製造の両方を手掛けるIntelの伝統的な強みを活かしつつ、新たに製造受託事業も展開するという構想だった。台湾のTSMCに遅れを取った製造技術の立て直しを図るため、オハイオ州での新工場建設など、大規模な設備投資も決断した。
また、米国政府のCHIPS & Science Act(CHIPS法)による補助金獲得にも尽力し、先日78.6億ドルの支援獲得を実現。米国の半導体製造能力の強化という国家的課題に対しても重要な一歩を記した。しかし皮肉にも、この成果を手にしてわずか1週間後に退任することとなった。
Gelsinger氏自身は退任に際して「Intelを率いることは私の人生最大の栄誉だった」と述べ、「昨年は私たち全員にとって困難な年であり、現在の市場環境に対応するため、困難ではあるが必要な決断を下してきた」と心境を語っている。40年以上の長きにわたり、技術者としても経営者としても第一線で活躍し続けたGelsinger氏は、米国半導体産業の生き字引とも言える存在であった。しかし急速に変化する半導体業界において、伝統的な強みを活かしながら新たな価値を創造するという難しい課題に、十分な解を見出すことはできなかった。
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