シンガポール警察と税関当局は、米国の輸出規制に違反してNVIDIAの高性能GPUを中国に不正輸出した疑いで、3人の男性を詐欺罪で起訴した。当局は22カ所を捜索し、計9人を逮捕、証拠となる書類と電子記録を押収した。
摘発の詳細と起訴内容
シンガポール当局は大規模な捜査活動を実施し、その結果9人を逮捕、そのうち3人を詐欺罪で正式に起訴した。起訴されたのはシンガポール国籍のAaron Woon Guo Jie(41歳)とAlan Wei Zhaolun(49歳)、および中国国籍のLi Ming(51歳)である。
報道によると、2人のシンガポール人は2024年に、サーバー供給業者に対し機器が無許可の第三者に転売されないと虚偽の主張をした共謀容疑で起訴された。一方、Li Mingは2023年に発生した同様の計画に関連して別途起訴されており、ハードウェアの意図された受取人を偽って伝えた疑いがある。具体的には、製品がシンガポールを拠点とする「Luxuriate Your Life」という会社向けだと虚偽表明したとされる。
これらの容疑は実質的に、システムを輸入する際に、実際には別の企業や地域に配送されるにもかかわらず、特定の承認された企業向けと偽って申告したことに帰結する。有罪判決が下れば、被告はそれぞれ最大20年の懲役、罰金、またはその両方の刑に処される可能性がある。
当局は他の逮捕された個人の詳細や追加の起訴があるかどうかについてはまだ明らかにしていない。また、シンガポールの税関当局は、この件で米国の輸出管理規則違反があったかどうかを引き続き調査中である。
背景:シンガポールを経由したGPU密輸疑惑
この摘発は、NVIDIAの高性能GPUが米国の輸出規制を迂回してシンガポール経由で中国に流れている可能性が指摘されてきた文脈で行われた。2024年に、NVIDIAの財務報告書においてシンガポールが突然同社の収益の重要な源泉となったことから、多くのアナリストがシンガポールから中国へのGPU密輸を疑問視していた。
報道によれば、NVIDIAのSEC(米国証券取引委員会)年次報告書で同社の請求の22%がシンガポール向けであることが明らかになったという。一方、NVIDIAは「シンガポールへの出荷は2025会計年度の総収益の2%未満」と主張している。Bloombergによると、公式の財務結果上ではシンガポールは多くのチップを輸入しているように見えるが、実際にはNVIDIAの第3四半期の350億ドルの収益の1%未満しか占めていないとしている。
これらの数字の不一致については、請求(billing)の場所と実際の製品の配送先に違いがあること、また計算の時期や方法が異なることが関係していると考えられる。
中国AI企業DeepSeekとの関連性
報道によると、この事件は特に中国のAI企業DeepSeekとの関連性が疑われている。DeepSeekは2021年に設立された比較的新しいAI研究開発企業で、短期間で大規模言語モデル(LLM)の開発において急速な進歩を見せている。
DeepSeekのようなAI企業は大規模言語モデルをトレーニングするために何万ものNVIDIA Hopper GPU(H100、H20、H800といった最新モデル)を必要としており、これらの高性能チップは米国の輸出規制によって中国企業が直接入手することが制限されている。通常、このレベルの計算能力をもつGPUはスーパーコンピューターやAI研究に使用され、その高性能さゆえに戦略的技術として輸出規制の対象となっている。
DeepSeekの突破的なAIモデル「V3」と「R1」のリリースは、同社が何らかの方法で高性能GPUにアクセスした可能性を示唆していた。実際、Wccftechによれば、DeepSeekがAIトレーニングコストを大幅に削減できると報じられた後、NVIDIAの株価が急落し、1月には1日で約6000億ドルの時価総額が失われたという。
米国商務省はハイテク製品の輸出管理を担当する政府機関で、DeepSeekが制限された米国のGPUを取得してAIモデルをトレーニングしたかどうかの調査を開始したと報じられている。商務省は特に国家安全保障に関わる技術の海外流出を防ぐ役割を担っている。
NVIDIAの反応と説明
NVIDIAはこれらの疑惑に対し、「顧客は請求書を一元化するためにシンガポールを使用しているが、当社の製品はほとんど常に他の場所に出荷されています」と声明で反論している。また、DeepSeekの技術的進歩は「Time Test Scaling」と呼ばれる手法を通じたもので、「広く利用可能なモデルと、完全に輸出管理に準拠したコンピューティングを活用している」と説明している。
NVIDIAはこの特定の事件についてはコメントを控えている。
米国の規制強化とシンガポールの立場
米国は近年、中国のAI開発を抑制するために、NVIDIA、AMD、およびその他のメーカーからの高性能コンピューティング部品の輸出に対する規制を徐々に強化してきた。また、中国への間接的な輸入のための「迂回ルート」と考えられる国々への販売も制限している。2023年には、この理由から中東諸国へのAIインフラの輸出制限を開始した。バイデン政権は退任前に、ほぼすべての国へのAIチップ販売を制限する動きをしていた。現時点ではトランプ政権がこれらの規則を実施するか、独自の対策を進めるかは不明である。
シンガポール政府は、他国が課した一方的な輸出制限を法的に強制する義務はないとしながらも、同国内で事業を行う企業はそのような規制が適用される場合には遵守することを期待していると強調している。また当局は、シンガポールが国際的な管理を回避するためにその貿易ネットワークを悪用しようとする試みを容認しないとの立場を繰り返し表明している。
市場と業界への影響
今回の摘発報道を受けて、米国政府が中国へのチップ販売を防ぐための制裁をさらに強化するのではないかという懸念から、NVIDIAの株価は取引中に8%下落した。
この状況に対し、NVIDIAのCEOであるJensen Huang氏は、推論技術の向上により、現代のAIモデルは以前のモデルの100倍のコンピューティングパワーを必要としていると主張している。同社はTrump政権に対し、中国に販売される古いチップでは米国のAI能力を追い越すことはできないと説得を試みているという。
これは単なる一つの事件を超えて、米中間のハイテク摩擦の新たな局面を示すものであり、AIチップの国際取引と技術的優位性をめぐる地政学的な競争の一部となっている。今後、半導体業界は米中対立の最前線に立たされ続け、国際的なサプライチェーンにも大きな影響を与える可能性がある。
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