中国政府が西側半導体技術からの自立を加速させるため、オープンソースのRISC-V命令セットアーキテクチャ(ISA)を国家レベルで推進する政策を今月にも発表する見通しとなった。Reutersの報道によると、中国のサイバースペース管理局を含む8つの政府機関が共同でガイダンスを準備中だという。同時にAlibaba傘下の玄鉄(XuanTie)がサーバーグレードのRISC-V CPU「C930」を発表し、業界専門家は「5〜8年以内にRISC-Vがクラウドの主流アーキテクチャになる可能性がある」と予測している。
中国初のRISC-V国家推進政策、8政府機関が共同策定
中国政府はオープンソースのRISC-Vチップの使用を全国的に奨励するための指針を準備しており、これは中国で初めてとなるRISC-Vを推進する国家レベルの政策となる。Reutersによれば、サイバースペース管理局、工業情報化部、科学技術部、知的財産権局など8つの政府機関が共同で草案を作成しており、早ければ今月中に発表される可能性があるという。
この動きは、中国が2024年に打ち出した「地元組織は米国のシリコンの購入を停止し、国産製品を優先すべき」という指針の延長線上にある。この指針により中国のプロセッサメーカー龍芯(Loongson)は中国の学校に1万台のPCを導入するプロジェクトを獲得し、中国の宇宙ステーションにも採用された。Lenovoも龍芯のアーキテクチャに自社のハイパーコンバージドインフラを移植している。
RISC-Vの最大の利点は、IntelとAMDが支配するx86や、SoftBankグループ傘下のArmが開発するArmアーキテクチャとは異なり、オープンソースでライセンス料が不要な点にある。この「地政学的に中立」な特性が、中国の政府系組織や研究機関からの支持を集めている。
政策情報が報じられるとVeriSiliconは日中の上昇率上限の10%に達し、ASR Microelectronics、Shanghai Anlogic Infotech、3Peakは8.6%から15.4%の上昇を記録するなど、中国半導体企業の株価が急上昇した。
Alibaba C930、RISC-Vサーバー級CPU市場に参入
アリババのDAMO Academy R&D部門が運営する玄鉄(XuanTie)は、第三回玄鉄RISC-Vエコシステム会議で高性能RISC-V CPU「C930」を発表した。このプロセッサはサーバー、PC、自動運転車向けのチップとして、SPECint2006ベンチマークで15/GHzという競争力のあるパフォーマンスを達成し、RISC-Vがサーバー市場に参入できる技術レベルに達したことを示している。
C930の主な技術的特徴は以下の通りだ:
- 512ビットのRVV1.0ベクトル拡張と8 TOPS(1秒あたり8兆回の演算)のMatrixデュアルエンジンを搭載
- 汎用コンピューティングとAI計算能力を業界で初めて統合
- スーパースカラー、アウトオブオーダー実行、6-デコード幅、16段パイプラインのマイクロアーキテクチャ
- RISC-V RVA23プロファイルファミリーとの互換性
- Vector、Crypto、Zacas、Zama16b、Smmtt、CoVE、RAS、AIA、Zalasrなどの拡張をサポート
C930の革新的な点は、DSA(Domain-Specific Architecture:特定領域向けアーキテクチャ)拡張インターフェースを開放し、開発者がAIやネットワーク高速化などの特定用途向けにカスタム命令セットを定義できることだ。また、拡張可能なアーキテクチャ設計により、チップメーカーはアプリケーションに応じてコア数を柔軟に構成できる。典型的な単一クラスタでは4コアをサポートし、64KBの命令・データキャッシュと1MBのL2キャッシュを設定可能としている。
EDA大手3社が揃って参入、RISC-Vエコシステム加速へ
RISC-Vの普及には、チップだけでなく産業チェーン全体のエコシステム整備が不可欠だ。会議では、EDA(電子設計自動化)ツールの世界大手であるSiemens AGとCadenceが「無剣連盟」に新たに加わったことが発表された。すでに参加していたSynopsysと合わせ、世界のEDA3大巨頭が初めてRISC-Vの陣営に集結した。
Alibabaの技術専門家によれば、SiemensのE-Trace技術はチップの性能問題を効率的に診断でき、CadenceのPalladiumプラットフォームはチップ設計サイクルを大幅に短縮する。これらのプロフェッショナルツールチェーンが、RISC-Vベースのチップ開発を加速させる。
ソフトウェア面では、玄鉄はすでにLinux、Android、RTOSなどの主要OSとの互換性を確立し、3種類のSDKを提供している。中国科学院ソフトウェア研究所は玄鉄C920ベースのAI PCコンセプトマシンを展示し、7Bパラメータの大規模言語モデルDeepSeekを実行してプログラミング支援や画像生成が可能なことを実証した。従来アーキテクチャと比較して消費電力が30%削減されたという。
DeepSeekとの相乗効果:AI時代のRISC-V戦略
中国のオープンソース大規模言語モデルDeepSeekの登場は、RISC-V普及の追い風となっている。Alibaba Cloudの幹部によれば、DeepSeekはMoE(Mixture of Experts:専門家混合)技術で計算要求を20倍削減し、RISC-Vプロセッサでも効率的なAI推論が可能になった。玄鉄C908XはUnified Memory技術でCPUとNPU間のメモリ共有を実現し、大規模モデルの実行効率を向上させている。
China MobileのSun Haitao氏は「1,000万元(約2億円)のRISC-Vソリューションが性能でNVIDIAやHuaweiの30%程度でも、3セット購入すれば総コストは低くなる」と述べ、コスト効率の良さが普及のブレークスルーポイントになると強調した。
知合计算CEOの孟建熠氏は「従来の大規模モデルはクラウド計算リソースに依存していたが、RISC-Vの革新でエッジデバイスも効率的にモデル実行が可能になった」と説明。将来はエッジからサーバーまで、規模の差はあれすべてのチップが大規模モデル能力を持つ可能性があるという。
課題と展望:5〜8年でクラウド主流アーキテクチャへ
RISC-Vの急速な発展にもかかわらず、いくつかの課題が残されている。中国科学院の郭松柳氏は、各メーカーのチップの拡張命令の違いがソフトウェア互換性を阻害していると指摘し、技術的な収束が必要だと述べた。Alibabaの李春強氏も「RISC-Vはx86/ARMと同等のパフォーマンスを達成しつつ、バイナリ変換技術でクローズドソースアプリケーションの移行を加速する必要がある」と業界標準の共同構築を呼びかけた。
Alibaba Cloudの張献涛氏はArmの歴史を例に挙げ「Armはサーバー市場突破に10年かかったが、RISC-Vのオープン性でこのプロセスは短縮される。5〜8年以内にクラウドの主流アーキテクチャになる可能性がある」と予測した。
米国では中国のRISC-V開発に懸念が表明されている。2023年には一部の米国議員がBiden政権に対し、中国がRISC-Vのオープン性を利用して半導体能力を急速に高める可能性を理由に、米国企業のRISC-V開発参加を制限するよう求めた。
だが、RISC-Vの最大の課題はソフトウェアエコシステムの構築だ。命令セット自体はオープンソースだが、OS、開発ツール、ライブラリの完全なエコシステム開発は膨大な作業を要し、ArmとX86はこの点で数十年のアドバンテージを持つ。AIプロセッサを開発する場合、NvidiaのCUDAに相当するエコシステムの構築にも長期間を要する。
一方で、Frameworkなど一部の米国企業もRISC-V開発に貢献しており、ソフトウェア開発を加速するための手頃な価格のRISC-Vラップトップボードも登場している。
中国政府の強力な後押しと主要企業の投資により、少なくとも中国国内市場ではRISC-Vの採用が急速に拡大する見込みだ。専門家の予測通りなら、2030年代初頭にはRISC-Vが特に中国国内でIntel、AMD、Armの強力な代替となり、半導体産業の勢力図を塗り替える可能性がある。
Sources
コメント