AIチップ開発のスタートアップTenstorrentは、Samsung SecuritiesとAFW Partnersを共同主幹事として、プレマネー評価額20億ドルで総額6億9300万ドル超(約1000億円)の大型資金調達を実施した。Amazon創業者のJeff Bezos氏も参画したこのラウンドには、LG Electronics、Hyundai Motor Group、Fidelityなど著名な投資家が名を連ねている。
異色の経歴を持つCEOが率いる革新的なアプローチ
Tenstorrentを率いるJim Keller氏は、シリコンバレーで「チップの魔術師」と称される伝説的なチップアーキテクトだ。1980年代初頭にDigital Equipment Corporationでキャリアをスタートさせて以来、業界に革新的な変化をもたらしてきた。AMDでは、PCプロセッサの画期的なアーキテクチャとなったAthlon 64とK8の設計を主導。その後Appleに移り、同社初の自社設計チップとなるA4/A5プロセッサの開発に携わった。さらにTeslaでは自動運動向けチップの開発を指揮し、Intel、AMD(2度目)を経て、2021年にTenstorrentのCEOに就任した。
同氏の指揮のもと、Tenstorrentは従来のAIチップメーカーとは一線を画すアプローチを採用している。同社の独自技術であるTensixコアは、AIワークロードに特化した効率的な処理を実現するだけでなく、柔軟なカスタマイズ性を備えている。特筆すべきは、ソフトウェアスタックをオープンソース化する戦略だ。「開発者に必要なツールをすべて提供し、自分たちの技術を所有できるようにすることが勝利への道筋である」というKeller氏の哲学は、長年のチップ開発経験から導き出された結論と言える。
この革新的なアプローチは投資家からも高い評価を得ている。XTX MarketsのChief Technology OfficerであるJoshua Leahy氏は、「AIアクセラレータの世界では珍しい、オープンソース主導のアプローチは刺激的である」と評価している。さらに、AFW PartnersのManaging DirectorであるBonil Koo氏は、「市場での勢いと、最先端技術を盛り込んだ革新的なロードマップ、そしてオープンソースソフトウェアは無敵の組み合わせである」と述べている。これらの評価は、Keller氏の技術的な実績と、オープンな技術開発という新しいビジョンへの期待が融合した結果と言えるだろう。
NVIDIAへの挑戦状
Tenstorrentは、現在AIチップ市場で圧倒的なシェアを誇るNVIDIAとは異なるアプローチを取っている。同社は高価な高帯域幅メモリ(HBM)を採用せず、よりコスト効率の高いソリューションを追求している。「NvidiaはHBMの最大の購入者であり、コスト面で優位に立っている。しかし、その製品設計ではコストを十分に下げることはできない」とKeller氏は指摘する。
代わりにTenstorrentは、オープン標準のRISC-Vプロセッサアーキテクチャを採用し、顧客が独自にシリコンをカスタマイズできるようにしている。既に約1億5000万ドルの受注を獲得しており、市場での手応えを掴みつつある。
Xenospectrum’s Take
Tenstorrentの戦略は、単にNVIDIAに対抗するチップを作るだけでなく、AIチップ産業の構造そのものを変革しようとする野心的な試みと言える。オープンソース戦略とカスタマイズ可能なアーキテクチャは、独占的なエコシステムに依存しない新しいビジネスモデルを提示している。
しかし、四半期ごとに数百億ドルのデータセンター収益を上げるNVIDIAに対し、Tenstorrentの受注額はまだ1億5000万ドル程度にとどまる。この資金調達をテコに、技術力とビジネスの両面で真の競争力を示せるかが今後の焦点となるだろう。だが、業界に新しい風を吹き込もうとする同社の成功は、まさにNVIDIAが築き上げたAIブームの恩恵を受けているとも言えなくもないのは皮肉なところだ。
Source
- Tenstorrent: Tenstorrent Closes $693M+ Series D Funding
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