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「科学者も理解出来ていない」AIが設計した重力波検出器が桁違いの性能を発揮する可能性

Y Kobayashi

2025年4月21日

マックス・プランク光科学研究所(MPL)とLIGOの研究者らは、AI「Urania」を用いて、従来の人間による設計案を凌駕する可能性を秘めた新型の重力波検出器を多数考案した。この成果は、ブラックホールの衝突など宇宙の激しい現象が引き起こす時空のさざ波を捉える能力を飛躍的に向上させ、検出器設計における新たな物理原理の可能性を示唆するものである。

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重力波観測の挑戦とAIの登場

Albert Einsteinが100年以上前にその存在を予言した重力波。それは、ブラックホールの合体や超新星爆発といった宇宙で最もエネルギーの高い現象によって生じる時空の歪みが波として伝わるものである。この微かな波を捉えることは、宇宙を観測する新たな窓を開いたが、その検出は極めて困難を伴う。

2016年に初めて直接検出に成功したLIGO(Laser Interferometer Gravitational-Wave Observatory)などの検出器は、レーザー光の干渉を利用する「干渉計」と呼ばれる極めて精密な装置である。干渉計は、光源から出た光を二つに分け、それぞれ異なる経路(通常は数キロメートルに及ぶ長いアーム)を通らせて再び合流させ、その際の光の干渉パターンを測定する。重力波が通過すると、アームの長さがごく僅かに変化するため、干渉パターンに変化が生じる。この変化を検出することで、重力波の存在を証明するのである。

しかし、これらの検出器の設計は、最適な光学系の配置(トポロジー)や、ミラーの反射率、レーザー出力、制御システムなど無数のパラメータを精密に調整する必要があり、人間の専門家にとっても長年の課題であった。既存の設計は、しばしば人間の直感や経験に基づき、計算機による補助は個別のパラメータ最適化など限定的な範囲に留まっていた。マックス・プランク光科学研究所(MPL)の「人工科学者ラボ」を率いるMario Krenn博士らは、この広大で未開拓な設計空間を探索するために、人工知能(AI)の力を借りることに着目した。

AI「Urania」による設計空間の探求

Krenn博士らは、LIGOチームとの協力により、「Urania」と名付けられたAIアルゴリズムを開発した。Uraniaの目的は、重力波検出器の設計という複雑な問題を解決することである。

研究チームはまず、検出器の設計問題を、単なるパラメータ調整ではなく、光学素子の配置(トポロジー)そのものを含む、より根本的な問題として捉え直した。そして、この問題を「準普遍的干渉計(Quasi-Universal Interferometer, UIFO)」という概念を用いて、連続的な最適化問題へと変換した。UIFOは、多数の光学素子(ビームスプリッター、ミラーなど)を格子状に配置し、それらの接続や特性(透過率、位相など)をパラメータとして表現する、極めて柔軟な干渉計のテンプレートである。特定のパラメータを設定することで、LIGOのような既存の設計を含む、多種多様なトポロジーを表現できる。

Uraniaは、このUIFOの膨大なパラメータ空間(UIFOの規模によっては数百個に達する)を探査し、特定の周波数帯域(ブラックホール合体、超新星爆発、中性子星合体後の物理現象など、興味深い天体現象に対応)で最高の感度を達成する構成を見つけ出す。そのために、最新の機械学習に触発された、並列化されたハイブリッド局所・大域的最適化アルゴリズムが用いられた。これは、多数の初期構成から出発し、局所的な最適化(勾配法に基づくBFGSアルゴリズムなど)を進めつつ、より良い解を求めて大域的に探索空間を移動する。さらに、性能に影響を与えずに不要な素子を確率的に取り除く「単純化」プロセスも並行して行われる。

この探索には膨大な計算資源が必要とされ、研究チームは約150万CPU時間を費やした。その結果、Uraniaは驚くべき発見をもたらしたのだ。

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人間の想像を超えたAIの発見

Uraniaが提案した設計の中には、研究者たちが既に知っていた多くの技術が再発見された。しかし、それ以上に注目すべきは、Uraniaが人間の専門家が考案した次世代検出器の設計案(最適化されたLIGO Voyagerなど)さえも凌駕する、全く新しい「常識破り」なトポロジーを多数発見したことである。

論文「Digital Discovery of Interferometric Gravitational Wave Detectors」(Physical Review X誌掲載)によると、Uraniaは合計50種類もの有望な設計を発見した。これらは、ターゲットとする周波数帯域によって異なるが、既存の最高性能設計と比較して、感度が最大で約5.3倍、検出可能な宇宙の体積にして最大約50倍向上する可能性を示している。

特に、中性子星合体後の物理現象を探る高周波帯域(800-3000 Hz)では、感度が平均で4.1倍向上し、検出率が約69倍にも跳ね上がる可能性があるという。これは、これまで観測が困難だった現象の解明に繋がる大きな進展である。

Krenn博士は、「約2年間のAIアルゴリズム開発と実行の後、人間の科学者による実験計画よりも優れていると思われる数十の新しい解決策を発見しました。私たちは、機械と比較して人間は何を見落としていたのか自問しました」と語る。

Uraniaが提案した設計の中には、標準的なマイケルソン干渉計の形から逸脱し、2つのレーザーでアームを高反射率側から励起する「サイドポンプL字型」構成や、光の圧力(放射圧)を利用して量子ノイズを低減する「ポンデロモーティブ・スクイージング」を巧妙に組み込んだものなど、独創的なアイデアが見られた。これらの設計原理の中には、研究者たちにとっても「完全に異質」であり、まだ完全には理解されていないものもあるという。

研究チームは、特に有望な50の設計を「Detector Zoo」として公開し、科学コミュニティがさらなる研究を進められるようにした。

AIが拓く科学の未来:発見する機械、理解する人間

今回の研究は、AIが単なる計算ツールや最適化支援に留まらず、科学的発見そのものを生み出す能力を持つことを示唆している。Uraniaが発見した新しい検出器設計は、人間の研究者に新たな実験的・理論的なアイデアを探求するインスピレーションを与えた。

これらのAI設計案の実現には、さらなる技術的検証、安定性やノイズ(特に熱ノイズ)の評価、プロトタイプの開発、そして大規模な実験施設への実装といった多くの段階を経る必要がある。しかし、提案された設計の多くは、既存のLIGOサイトのインフラを大幅に変更することなく導入できる可能性があり、将来の検出器アップグレードの有力な候補となり得る。

Krenn博士は、「私たちは、機械が科学において人間を超える新たな解決策を発見できる時代にいます。そして人間の役割は、機械が何をしたのかを理解することです。これは間違いなく、科学の未来において非常に重要な部分となるでしょう」と述べる。

AIが設計し、人間がその意味を解き明かす。この新しい協調関係は、重力波天文学のみならず、素粒子物理学から材料科学まで、基礎科学の幅広い分野で、未知なる宇宙を探求するための強力な原動力となるかもしれない。


論文

参考文献

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